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[コメント] 隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS(2008/日)

領地を追われた戦国プリンセスが絶対領域で絶体絶命の敵中突破。・・・せっかくの設定をもっと活かしきればもっと面白くなったのになあ、とちょっと残念。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この作品での監督の演出って、ピッチャーでいうと、もっと高低差と緩急を使って投げればなあ…と残念に思うところが多かった。

高低差というのは落差の感じさせ方。例えば、姫と武蔵の身分の差。姫の強さと弱さの差。確かな志(こころざし)と技術に支えられた六郎太の知恵と、生きるため身に備わった武蔵の知恵との差。物語ではこんな設定が用意されていたように思うのだが、どうもいまひとつうまく活用されていない。

武蔵と姫に関していえば、二人は途中から普通のカップルのようになってしまう(これを『ローレライ』症候群と呼ぼう)が、これはギリギリまで投げてはいけないボールだ。せっかくの身分の格差という設定がもったいない。身分差ゆえに距離をおこうとする武蔵と、使命のため自分はどこまでも姫であらねばならないという雪姫の、両者が互いに距離をとろうとするその気持ちこそに恋心を感じられるのだと思う。例えば、もう最期かも知れないという修羅場の中で、二人の気持ちがすべてのしがらみを捨て去って一緒になりたいと一瞬通じ合う。九死に一生を得、早川領に向かう間、馬上の武蔵と雪姫はだんだんと夢から現実へ引き戻されていく。姫の命を救ったのは武蔵である。六郎太はそんな二人に生まれた絆をある種の諦観をもって黙って見守る。そして、領民たちに迎えられて雪は女から姫へ戻る。そしてそのことに気づいてその場を去ろうとする武蔵に、姫が再び女として「あの約束は?」と呼びとめる。これが見せ球となって、最後「裏切り、ごめん」が決め球となって決まるのだ。私だったら見せ球はだらだら見せないで、こんなふうに組み立てるかな。

姫の強さと弱さ(優しさ)は、このキャラの最大の魅力であるが、演出は過剰に弱さに流れ過ぎて、しかも強さと弱さの揺れが頻繁に起こり、結果的にフラットになってしまっている。ここでも高低のメリハリをつけそこなっているのだ。姫の弱さでキュンとさせたかったのなら、それは最後、敵将の喉を刀で貫き通した時の手の震えだけで充分。武道に強いが人は傷つけられない弱さがあるということを、敵の侍を弓で射ようとして射れなかったというシーンを作ってわざわざ二度説明しなくともいいと思う。

武蔵と六郎太の知恵比べも、関所のシーンで相手を出し抜こうとする以外ほとんど登場しない。それとて理(ことわり)の知恵と生き抜く知恵のような差が表現できているわけではない。何のため「じぃ」が「草の根の知恵」だとか、「柳のようなしなやかさ」とかに言及していたのか? せっかくのふりが全然活きてこない。

そして緩急のほうはといえば、これは「タメ」と「リリース」。「タメ」がたまるほど「リリース」時の解放感が引き立つのに、道中で幾多のピンチが起きても、それが「どうする、さあ、どうする絶体絶命」というふうにギリギリのところまで追い詰めてくれるほどではないのだ。それがあれば突破したときの快感はもっともっと強められるように思えてならない。

敵領突破というアイデアを思いつくも国ざかいをことごとく封鎖され、結局関所しか通れないとわかった時、まさか関所を通るわけにはいかない、さてどうすればいい、と迷うシーンがほとんどない。ここで関所抜けがどれだけ困難であるかを一向がさんざん悩むシーンがあればいいのに、もう、すぐ関所に並んでいる場面にうつってしまう。

敵に一向の風体がわかってしまい、一度は偶然馬と荷車と人数の違いでごまかすもすぐ感づかれ、いよいよこの薪を背負った格好をどうカモフラージュすればよいのか、困り果てている様子が描かれないうちに、火祭りの行列と遭遇してしまう。これではこの行列にであったことの九死に一生の僥倖感に観客は気づかないで流して見てしまう。こういうところはタメの使い方が本当にもったいない。

逆にリリースが弱く感じるシーンもある。とらわれて身体の自由を奪われた六郎太がなぶられるシーンでは、拷問をする側の役者がかなり気合の入った暴行をやっている。せっかくそういうタメが出来ているのだから、六郎太が武蔵に助けられ武器を手にしたとたん形勢逆転の反撃にでる様子はもっと無茶苦茶なくらいの強さを感じさせて欲しい。

ああ、あの関所を突破する作戦の、「褒美をよこせ!」「うるさいとっとと行け!」というのもせっかくきれいに決まったのに、余計な男色役人とのからみを付けたし「とっとと行け!」を二度繰り返したのもまずかったよなあ。ああキリがない。

オリジナルとの比較をしないように思ったけど、結局黒澤監督ってそういう娯楽の文法っていうのをちゃんと外さないで作っているんだなとわかる。

長澤まさみちゃんのコスチューム、せっかくのニーソなのにもう数センチ太腿の領域が欲しかったよなあ。

(評価:★3)

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