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[コメント] 神様のパズル(2008/日)

この映画の谷村美月の如き独特の屈折ある女の子キャラに惹かれる心性には、罠がある。その罠に陥らない率直素朴な「べらんめえ」市原隼人の男の子キャラには、誠がある。(終盤の詰めの甘さがなければもっと好印象ではあった。)

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







まずは谷村美月の映画だ、とは言える。勿論その谷村とコンビを組む市原隼人もよろしいが、しかしやはり谷村美月の映画だ。この映画の中で、彼女の胸の谷間やホットパンツからすらりと伸びる両の素脚がそれとなく強調されているように見えるのも、決して偶然ではなく、自らを「僕」と男性の一人称で呼ぶ彼女がそれでも肉体的には紛うことなき女性であることの、ある種の屈折と矛盾をそこに表現しているのは明白だ。そしてそれは、ある種の男にとっては魅力的な「設定」ではある。そこにはある意味では判り易い心理的抑圧が見て取れるわけで、その種の心理的抑圧を抱えた女の子はある種の男にとっては自己投影を滲ませた好意の対象にさえなるからだ。そう、自己投影。ある種の男とはどの種の男かと言えば、自らもまた男として男になりきれないことへの心理的抑圧を抱えた男のことなのであって、その種の男にとっては、この映画の谷村美月の演じたような女の子のキャラクターは、そのまま理想的に美化された自己の化身の様なものなのだと思う。ただそれは、まともな男としては公言出来る自己認識では到底ないからこそ、屈折した形で潜在化し、即ち心理的抑圧となるわけだ。

だが問題は、その様な男の側の身勝手な自己投影は、果たして女の子の側を幸福にするかどうかということだ。思うにそれは、無理な相談ではあるまいか。なんとなれば、その様な男の側の身勝手な自己投影は女の子の側が無意識にせよそこから解放されたいと願っているだろう精神の領域に、女の子を閉塞させてしまうからだ。だからこそ、その様な女の子を解放するのは、この映画の市原隼人のような男の子でなければならない。市原隼人は、未だ男になりきれないながらも男であろうとする意欲に挫折はしていない率直な男の子であって、その意味で自らの心理的抑圧を前向き、あるいは外向きな力へと転化していける存在であるのだと思う。だからこそ、彼と係わり合うことになる彼女もまた、自ら意識せぬうちに心理的抑圧と向き合う心理的運動を生じさせられていくことになる。真っ当に男となりきったかに見える(自分からも他人からもそう認識される)ところの大人の男でもなく、かと言って男になりきれない自分を女の子への自己投影によって逃避させるような男でもなく、ただ率直に発展途上の抑圧や屈折の中に生きているような男の子。この映画の市原隼人は、つまりそういう存在ではあったのだと思う。

ちなみに、だとすれば、谷村美月に言い寄っていたが、しかしフられて(?)、最後は首をくくることになってしまったあの青年の役回りは、いったいなんだったのか。あの青年は、まずはやはり潜在的には先述した「男になりきれない男」であって(神経質そうな所作や言動はそういうキャラクターの演出ではなかったろうか)、無意識の内に自己投影による好意で以て谷村美月に言い寄っていたのではないか。だがそれは鋭敏な自意識の主であるだろう谷村美月に当然の如く拒絶されて、その挫折があの青年の無意識に深刻な亀裂を入れることになったのではないか。勿論、実際の映画からはそこまで読み取れるほどの描写があったわけではないが、首をくくるというところまであの青年を追い込んだ結末は、あるいはそういうことだったのではないかと思わせる結末ではある。原作は知らないが、あるいはこの物語を青春期のボーイミーツガールの正と負を描き出す物語として構成しようとするなら、あの青年の役回りも、負の側面として重要なものにはなったかも知れない。

ともあれ、その様に、この映画はある意味でボーイミーツガールの映画だったとも言える。だがそこには、宇宙という恐ろしく広大な世界のイメージが、少年と少女の関係を媒介している。少女にとっては最初、自己証明の為の生きるか死ぬかの切実な問題だった宇宙論が、心通いあう少年と出会うことで、ふたりの世界の紐帯となる。青春期の自己確認の為にあった孤独な夢想が、ふたりの世界の共同の幻想になる。ある意味では、まことに理想的な、ボーイミーツガールな物語の帰結ではあった。終盤の展開には、段取りや伏線張りの欠如などが原因で唐突な印象がぬぐえず、それと共にボーイミーツガールの主題の炸裂すべき場面で炸裂せず、空回りしてしまっているところもあるとは思うが、しかし主演ふたりの存在感は、それでもこの映画をそれなりに肯定させてくれる魅力にあふれていたとは思う。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)アブサン 煽尼采[*]

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