[コメント] 告発のとき(2007/米)
「子供」とはだれか。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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よくもまぁ、こんなトンデモ話をこれだけ現実味をもって語れるものだ。小技を積み上げておいて、不意にだいたんな大技をもってくる。優れた筋書きには付きものかもしれないが、その精度、振れ幅たるや未だかつてない出来栄えだ。撮り方もうまいのだろうけど、やはりプロットが素晴らしすぎる。ポール・ハギスここにあり、といった印象。始めと終わりに、国旗使ったベタな落としどころがでてくるが、これは必要なもの。仕方ない。
それにしても、トミーリージョーンズ演じる親父は実に子供じみている。知恵は働くけれど、仕草、探求心、打算のないさまは、まさにガキンチョといった様子だ。女の裸体にドギマギしたり、気の強い女に囲まれて暗黙に依存している。だから、ダビデの挿話は、トミーリージョーンズがダビデ、国家がゴリアテのようにも思える。あるいは、子供の意志を親父が引き継いだのだと。しかし、そうではないと思う。
ラストに「子供たちに捧ぐ」とメッセージがある。だが、はっきりいって、文字通りの子供にこんな映画を見せられるわけがない。だから、この「子供」というのは多元的な意味をもっている。結局、告発しているのは、国(国家)なんかよりももっと大きなものなのだろう。
つまり、戦地に適応できるものはどこにもいないのだと。
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