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[コメント] 告発のとき(2007/米)

淡々と息子の消息を追うハンク(トミー・リー・ジョーンズ)の顔。やがて彼の顔には、父親ではなく軍警察の捜査官の冷徹さが漂い始める。さらに、その顔は戦場における兵士たちの「すべて」を、すでに知っている男が精一杯、不安に耐えている顔にも見える。
ぽんしゅう

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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ハンク(トミー・リー・ジョーンズ)は兵士として、ベトナムに従軍した経験があった。そうであれば彼は、「すべて」を知っていたはずだ。明日をも知れぬ恐怖と背中合わせの日常に耐えきれず薬物に手を出す者。殺戮の高揚感と差別的優越感からみさかいなく民間人に危害を加える者。そんな狂気と熱気につつまれた閉塞状況に精神のバランス崩す者。ハンクは、遠く離れた戦地へと送り出された若い兵士たちが引き起こす数知れない異常な状況を、すでにベトナムで目の当たりにし、身をもって体験していたはずだ。

ハンクの誇りとは、そんな過酷な状況下にあっても自らの精神を律し、秩序や風紀を乱す者はたとえ仲間であっても排除し、祖国アメリカのために戦い続けたという一点に依拠していたのだろう。彼の勝利とは敵国に勝つことであるとともに、戦場という巨大な恐怖そのものに耐え続けることでもあった。ダビデ少年が巨人の恐怖に耐え忍んだように。それは、現実から目をそむけ、受け入れることを拒むということでもあり、実は対象から逃げているという意味ですでに現実に敗北しているともいえるのだ。

ハンクは二人の息子を失った。しかも、一人は彼が排除し続けた現実の最も醜い犠牲者として。悲嘆に暮れる妻(スーザン・サランドン)に、かけるべき言葉を彼が持っているはずなどない。「すべて」を知っていながら、そんな現実など存在しないことにし、妻の不安と反対を押し切って息子を戦場に送ったのだから。彼は息子と同時に、妻と歩んできた人生も、自分自身の誇りの根拠も、すべて失った。それは、現実を無視し続けたハンクにとって、あらかじめ約束された敗北だった。

勇気とは、目の前に現に存在するものを受け止めることから始まるのだと思う。息子に、ダビデ少年が巨人と戦わなければならなっかた理由を訪ねられた刑事エミリー(シャーリーズ・セロン)は、とまどいながらも分からないと答える。そこに無理やり、都合のよい自分勝手な理由など見い出さないこと。分からないものは、分からないこととして、まずそこから思考を開始すること。それが、現実を受け止めるということだ。アメリカは力で現実を排除し続けた国家だ。ポール・ハギスにも、約束された敗北をまえにして、逆さまの星条旗をかかげるべきか思案する不安げなアメリカの姿が見えているのだろう。

(評価:★4)

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