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[コメント] アキレスと亀(2008/日)

言いたいことはいっぱいあるが、あの缶けりなどを見せられると、いや待てよ、彼はまだ迷走しているだけなのかもしれないなどと思ってしまうのだから困ったものである。
ナム太郎

亡母の顔の描写や、閉店セールのチラシ、あるいは勉強や仕事そっちのけで絵を描き続ける姿といった、少年期から青年期にかけての主人公の静かな狂いの描写が好きだっただけに、壮年期の落ち着きなく饒舌な激しい壊れっぷりが私には残念だったのだが、図らずもこれは、映画監督北野武自身の姿を表しているようにも見えて興味深かった。

深作欣二の降板という思わぬ出来事から映画を撮り始めたは、映画の文法などそっちのけといった自らの感性で映画を撮り続けた。大胆な省略。抑えられた、それでいて印象的な台詞。配色センスのよい画。決して邪魔することはなく心に沁みる音楽。そして過度とも言える暴力。それらの描写が絶妙のバランス感覚によって配された作品は、明らかにオリジナリティに溢れており、私たちはそんな静かな狂いを感じるの映画を愛し続けた。

しかし彼が自らの名前をタイトルにして以降の本作を含む3作は、まるで芸人ビートたけしを見ているかのような饒舌な、落ち着きのない、激しい壊れっぷりを感じる作品であり、前述のような彼の過去の映画を愛する私には、あの初期作の頃に見られた鮮烈さは何だったのだろうと思えて仕方がない。

さらに個人的には、本作でまだ比較的好意をもって観ていた少年期から青年期にかけての演出に関しても、以前の彼の映画ならカットされていたであろう説明過多な、不要と思われるカットが散見され、そんなものを見せられると彼は本当にダメになってしまったのじゃないかと心底心配してしまうのである。

しかし、そうは思いながらも、あの缶けりなどを見せられると、いや待てよ、彼はまだ迷走しているだけなのかもしれないなどと思ってしまうのだから困ったものである。また、聞くところによると、次回作では原点回帰を図るとも言われているようだし、とりあえず現時点での見切りは保留とし、次回作を見てから彼を仕分けの対象とするか否かを判断したいというのが、偽らざる今の本音だ。

(評価:★3)

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