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[コメント] エレファントマン(1980/英=米)

見世物小屋なんて、文明社会においては滅ぶべき悪趣味かもしれぬ。しかし、そこに美を見出してしまう人間もいる。
ペンクロフ

子供の頃に一度観て以来、およそ30年ぶりに再見した。子供の頃の感想はこうだった、「エレファントマンかわいそう」。おっさんになった今は、もうちょっとだけ複雑な感慨が胸に渦巻いている。

19世紀末の倫敦、霧に煙るイーストエンドは最底辺の貧民街にして、妙に猥雑な美しさで人の心を惑わせる魔窟だ。デヴィッド・リンチの立ち位置は、昭和初期の魔窟・浅草を愛した江戸川乱歩と大差無いように思える。ただ妖しさに魅了され、美しさに陶然となっているように見える。奇形の若者の物語ゆえ、我々はどうしても差別意識にまつわる倫理の問題にぶつかってしまう。しかしリンチは極めて平静に淡々とジョン・メリックを描き、倫理的問題には立ち入りたがっていないように思えた。

女優のケンドール夫人のカーテンコールの場面なんか、本来なら実に危うい瞬間だと思うのだ。彼女は万座の観衆に、特別に親しいお客としてメリックを紹介する。二階席のメリックに客席の視線が集中し、場内は暖かい拍手に包まれる。しかしこれがイーストエンドの見世物小屋と本質的に何が違うのか、オレには全然判らない。慈愛に満ちたケンドール夫人と、DV興行師バイツの印象はかけ離れている。しかし、それでも… いや、しかしリンチはそんな事、どうとでもとれるようにやり過ごす。

リンチが明らかに気合を入れているのは、メリックの母親が象に倒される幻想、イーストエンドの魔窟描写、見世物小屋仲間の手引きで脱走する夢のような美しい場面、メリックが観劇するお芝居の幻想的なスケッチなどである。リンチは徹頭徹尾「美」にしか興味がない。見世物とは、映画という娯楽の本質でもある。だからこれはそういう映画であって、身体障害だの差別だの社会福祉だのといった真面目な話は、また今度にしませんかと、斯様に思う次第でありました。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)浅草12階の幽霊 DSCH けにろん[*]

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