[コメント] レスラー(2008/米=仏)
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「○○という作品は、まるで片手でスイッチをひねったように嵐が起こります」―『モーリス』原作者の演説より― ある古典的名作(と批評家がしている)におけるご都合主義な展開を揶揄した発言でありますが、今作における、ランディが娘との約束をすっぽかすエピソードにも似た感じを受けました。
淫売めいた雰囲気を纏った女の登場の仕方があまりにも唐突でありますし、全く同情に値しない行動によって転落する様に、納得がいきませんでした。
ランディはダメな人物でありますが、この作品の狙いはやはり「感動」でしょう。馬鹿なりに同情出来る行動であるだとか、最低でも必然性の感じられる行動として描写するべきではないでしょうか。フェリーニの道では、ランディのように堕落した男が殺人を犯してしまうことで最悪の転換期をむかえます。そしてその行動に対する伏線がきちんと貼られているのです。
ではどのようにすれば良いのか、と問われれば、例えば「ステロイドの副作用で死にかける」エピソードがありました。あれをクライマックスまで温存しておき、それによって約束を果たせなかった。ということにすれば、比較的必然性の強い展開となります。こうすることでドーピングを使ってしまったランディの身から出た錆によって転落する形となり、それでいて同情の余地も残ります。結果を競うアスリートがステロイドを使うのは極めて悪質な行為です。しかし客を沸かせるのを最優先事項とするエンターテイナーがステロイドを使用するのは、モデルや俳優が整形するようなものであり、意味合いは異なるのです。またドーピングに加え加齢という要素が重なっているため、作中のタイミングで大きな副作用が起きても違和感を感じさせないだけの説得力があります。
引退理由の代替案ですが、五十代のプロレスラーですので、一旦引退を決意する理由など他にいくらでも思いつくでしょう。例えば膝がボロボロになっていて、立ち上がるのも辛い。といった理由でしたら、これもまたドーピングの副作用の恐ろしさにつなげる事が可能ですし、似た困難が複数回降りかかる展開になりますので、よりドーピングの害悪が強調されるのではないでしょうか。
私の提示した方法が良いとは無論言いません。視覚的に地味すぎます。映画のバランスは綿密なバランスで成り立っています。あくまでたとえ話にすぎません。私の方法ですと、作中で描かれる内容が変わってしまいます。この映画では様々な要素を描かれており、娘との約束を反故にするエピソードは「責任感」を論点としています。この作品の前半〜中盤において、もっと責任感について言及すべきだったとも思います。
何か文句の多いコメントになってしまいましたが、それ以外の部分は本当に素晴らしかったです。しかし脚本賞の受賞数が男優賞のそれに比べてずっと少ないのは、そういう事ではないでしょうか。
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