[コメント] カールじいさんの空飛ぶ家(2009/米)
一見どこにも手を抜いてないように見せて、全編そぎ落としに次ぐそぎ落とし。血のにじむ掌を背中に隠して「面白かった?」とはにかむようなシャイな作り。制作の全ての過程において薄い膜を重ね、やがて鮮やかな色彩を生んでいくような丁寧さを感じさせる。文句無しの5点。
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誤解を生みそうだったので追記。
一般的に「想像力」っていうと「こんな話」とか「こんな絵」とかっていうイメージがあるが、数々の困難に対して「こうすれば対処できるんじゃないか」という解を模索するのも「想像力」の仕事だ。その困難を乗りこえるためにボロボロになった姿も、それはまぁそれで美しいかもしれないが、その困難が存在していたことすら感じさせない姿、そしてその解を生み出す「想像力」には神速敬服させられる。
確かに3Dじゃなければいけないワケでもないし、それで手書きのアニメーションの価値が下がるというわけでもない。けれど、一方であまりに職人仕事となってしまったジブリのアニメーションに対し、ピクサーのアニメーションは「工業的」に確立しつつあるように感じる。
職人芸は継承者なくしては滅びるのみだが、工業的手法はマニュアルにそって再現が可能だ。
もちろん単にマニュアルに沿って作っただけのシロモノを創造的とは呼ばないし、そこに前述の「想像力」が加味されて、初めてそれは創造的な仕事となりうる。
その意味に於いて、宮崎駿が日本のアニメーションを憂うのは、マス化し、まさに滅びつつある職人芸に対する危惧だともいえる。
ロボット工学には「不気味の谷」と呼ばれる現象があるそうな。私にはピクサーのアニメーションは今、まさにこの谷を越えようとしており、日々垂れ流される日本のアニメーションはこの谷を必死になって避けているように思える。
どちらが正しく、どちらが間違っているということではないにせよ、この映画は「それを作るのだ」という強い意志の元に、地平を開こうとしている気概を感じさせる。
今は見渡す限り平たく、岩だらけで、やっと滝の側に家一軒を置くだけの地平でも。ただひらったく、丸いだけの風船が、ただ青く広がる空を進むだけでも。その先に広がっているだろう地平を雲の向こうにみてしまう、そんな「想像力」が身を震わせるほど素晴らしいのだ。
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ところで、余談だけど。「萌え」の先の地平ってどんなだよ?
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