[コメント] 海の沈黙(1947/仏)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
奇しくも上映されたその年のアカデミー作品賞などを制した『ハート・ロッカー』をつくったやつらに、「この映画の爪のあかを煎じて飲め」と言ってやりたい。
どちらの側にいようと、その心に深い傷をつけずにはいられないのが戦争なのだろう。だが本作はその戦争を描いただけではない。
その現状をけして「良し」とはしない人々の、心を描いていると思う。
何故なら、失望に覆われた将校がいよいよ前線へ赴こうというその前夜、ついに娘が彼にあいさつを返す。字幕だけ読めばありふれた、なんでもない一言だ。
でもそれを映画全体の中で見れば、どんなメロドラマでもかなわない情愛と官能を伴った一言ではなかったか。
そしてそれ以上の人間性を感じさせたのは、老人が最後の、最後の朝に将校へ手向けた言葉だ。いわば、極限においても、相手を思いやることのできる、気高く、そして素晴らしい人間の「心」ではないだろうか。
私はこの映画を見終わって、半ば衝動的に本作の原作を買い求めた。そしてあの、最期に手向けられた言葉を確認しようと気ぜわしく、その短い原作の最期の文章に目を通した。本当に短い原作だ。文庫本で60頁にも満たない、帰りの電車の中で一通り読むことができた小説だ。でもこれを読み終わって、あらためて感動した。
「罪深き命令に従わぬ兵士は素晴らしい」、近代フランスを代表するといわれる作家・アナトール・フランスの本に挟まれて、手向けられたこの言葉は、原作にはない。この映画のオリジナルなのだ。
確かに冷静に考えれば、未だ対独抵抗戦の真っ只中に書かれた原作と、曲がりなりにも戦争が終結した時に製作された映画では、その製作者の、何というか、心の余裕がまったく違うものかもしれない。
しかし例えそうであったとしても、この最後の、老人から将校へと贈られたのかどうかさえはっきりしない演出ではあったが、だからこそ余計に、観るものの心を激しく揺り動かしたこの言葉は、この映画をつくった人たちへの、心の底からの尊敬をうみだす。
この映画の鑑賞中、その前半は、やたらと大きな音を奏でるBGMが気になったが、後半はほとんど気にならなかった。このことだけをとっても、本作が第一級の映画であることを証明している。
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