[コメント] 或る殺人(1959/米)
作中人物は皆ある種のチャームを湛えているが、観客に同情・共感・感情移入を強いるような造型ではまったくない。キャラクタ全員を平等に突き放したオットー・プレミンジャー演出は真にドライだ。それでもこの裁判劇はすこぶる面白い。その点でこれは増村保造『黒の報告書』に並ぶ法廷映画の傑作である。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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それにしてもこの結末のつけ方はどういうことだろう。ジェームズ・スチュワートは無罪を勝ち取るが、当然それは「リー・レミックがレイプされたこと」「ベン・ギャザラが一時的錯乱に陥っていたこと」が「真実」とイコールであることを意味しない。映画は真実に関して曖昧なまま終わるのだが、かと云って取り立てて「真実は別にある」と示唆するでもない。完全に中立的な曖昧を保っている。と云うよりも、すべての作中人物、そして映画そのものは初めから真実などというものにひとつの関心も持っていない。彼らの関心は裁判の勝敗と、それを左右する弁論技術にしかない。さらに、それについて悪びれたり居直ることすらしない。なぜなら、それは意識の俎上に載ることすらない「当然の事柄」だからだ。人懐こいユーモアが散りばめられてもいて目をくらまされがちだが、この字義通りの「善悪の彼岸」に立った冷然たる人間観はほとんど商業映画の範を越えているようにさえ思える。
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