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[コメント] アンチクライスト(2009/デンマーク=独=仏=スウェーデン=伊=ポーランド)

ラース・フォン・トリアーがうつ病を煩い、その影響下にある中でどんな映画を作るか。それに興味がないならば、絶対に観てはいけない映画。他の映画では絶対味わえない、壮絶な絶望が待ち受けている…。(2011.03.06.)
Keita

**ネタバレ注意**
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劇場で観終わってふとうしろを振り向いたら、何とも難しい顔をしている観客が多いように思えた。自分ももちろんそのひとりで、かなり強烈なパンチを食らったような気分になった。

ラース・フォン・トリアー監督作で、2009年のカンヌ映画祭で物議を醸し、日本公開も絶望的とまで言われていた作品。そりゃ、衝撃的であってくれないと期待ハズレなのだが、それでもここまでとは思ってなかった。何か、映画を観て入ってきたものを、無性に吐き出したいような、そんな感覚に陥った。

前作『マンダレイ』は『ドッグヴィル』と比べても少しヌルいと感じていたが、この『アンチクライスト』まで来てしまうと、賛辞を述べていいのかに正直迷いも生じるほどだ…。

ハイスピードカメラで撮影したプロローグの映像美に目を見張るが、激しいセックスをする夫婦がいる傍らで、その子どもが窓から転落するという残酷なシーンが描かれているだけに、その美しさが逆に怖い。そう、冒頭の時点でこの映画はすでに恐ろしかった。

「Where are you? You Bastard!!」と連呼しながら下半身をあらわにしたまま森を徘徊するシャルロット・ゲンズブールの姿を見ると、体当たり演技の枠を越えて讃えるしかないのだが、同時にこの映画はほとんどが夫婦ふたりの間だけで展開するということもあるので、夫を演じたウィレム・デフォーの存在感も同時に讃えてよいだろう。ふたりとも、よくこんな役柄引き受けたよね…。

先述の冒頭のシーンも象徴的だが、セックスという生命の始まりの傍らで、子どもの死という生命の終わりが描かれる。ゲンズブール演じる妻は、狂気的な性を露にした挙げ句に、自らの女性器を傷つけるという痛ましい行為に及ぶが、結局のところ悲嘆から回復できずに、完全に生命を否定したような行為に行き着いたように見えた。映画のタイトルも「アンチクライスト」=「反キリスト」という過激なもの。神にすがるのではなく悪魔に取りつかれたかのような行いの数々の末、人間の根源的な部分まで否定しているように思えた。キリスト教の背景を完全に理解しているわけではないので想像の解釈が多くはなるのだが、ただ計り知れないほどの絶望だけが、強く胸にこびりついたまま残った…。

そう、本当に絶望以外の何も残らない。はっきり言ってこんな映画ばっかりが世に出てきたら、それは絶対にイヤだ。だが、こういった倫理観を揺さぶるような根源的なテーマに切り込むような先鋭的な作品が、ときには現れないと逆に健全ではないのかもしれない…。

ラース・フォン・トリアーがどんな監督かを知っていて覚悟をできる人以外には絶対に薦めないが、壮絶な映画を観たという事実が、ものすごい粘着力をもって心から離れなそうだ。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)サイモン64[*] けにろん[*]

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