[コメント] 危険なメソッド(2011/英=独=カナダ=スイス)
良くも悪しくもキーラ・ナイトレイの熱演について語られることがもっぱらになると思うのだが、実を云うとこれがオーバーアクトかどうはか私には判然としない。登場シーンで嫌気がさしたのは事実だが、ナイスファイトと認めたい気持ちもある。
せっかくナイトレイがこれだけ頑張っているのだから、作り手側がもっと過剰な見せ方をしてくれよ!と云う思いもわいてくる。つまり、本作のクローネンバーグは大人しいのだ。換言すると不真面目なのだ。クローネンバーグも不真面目にやれば、これぐらいの、フレッド・ジンネマンがやりそうな文芸映画は撮れる、という証明ではあるが、やっぱり物足りないのだ。
ただし、余計な期待値を除外して積極的に楽しもうというスタンスに立てば、美しい画面、美術・撮影に見惚れることが出来る。決して悪くない。客船から見たニューヨークの書割りの使い方なんて可愛らしいご都合主義で好感が持てるし第一、夢やイメージのフラッシュバックを一切使わず科白だけで処理するという選択が観客の想像力を信頼していて好ましい。
会話シーンで例えばヴィゴ・モーテンセンの顔を手前に配置し縦構図のパン・フォーカスで画面奥にマイケル・ファスベンダーを映す、つまり、手前の人物と奥の人物いずれもに焦点が合った、ある意味不自然なショットが何度か出てくる。しかもかなりこれ見よがしな画面になっている。支配−従属関係の意味(隠喩)を読み取ることもできるかも知れないが、私なんかは単純に古いハリウッド映画を思い起こすショットだ。ワイラーがよくやっているし、ホークスだってごく稀に使っている。これってどうだろう。私にはアイキャッチし過ぎて画面の透明さを阻害する技法に思えてならないのだが。
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