[コメント] 薄氷の殺人(2014/中国=香港)
「昼」と「夜」の拮抗ぶりが目を惹く批評的フィルム・ノワール。画面の特質に着目するならば「蒸気」と「煙」の映画と云ってもよい。舞台地の緯度も、季節も、クリーニング店も、白昼の花火も、蒸気と煙で画面を描く口実である。逆に云えば、蒸気と煙はそれらを統べるための画面的細部として導入される。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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冒頭、駅のプラットフォームで(!)男に組み伏せられた女が起き上がるとき、彼女の「傘」が〈不意に/勝手に開く〉。あるいは、「スケート靴の刃」が〈人の首を切り裂く〉。さらには、〈白昼に〉「打ち上げ花火」が建物の屋上から〈水平面以下に向かって打ち下ろされる〉。以上のごとく小道具がそれ本来の存在理由(設計意図)に対する裏切りを働くことで生々しい映画の感情が創出される。辛く見積もっても優に平均以上と認められる画力もさることながら、取りも直さずこれこそディアオ・イーナンが映画の演出とは何たるかをよく弁えていた証拠である。
一方で、キャラクタは心理的によく作り込まれて「女は女である」「犯罪者は罪を犯す」式の同語反復的に割り切った純粋な造型=行動からは一線を引いているため、活劇の感覚から遠ざかりがちであることは否めない。
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