コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 葛城事件(2016/日)

家族の形を一歩踏み外してしまえばどこにでもあり得る話。日本の古い伝統的な父親像。最近は煙たがられてますが、それで良かったなって思う。
deenity

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「家族という地獄」キャッチコピーのみでこうまで本作の恐ろしさを表現できるものか。正直ゾッとするほどの言葉なんだけど不思議と興味がひかれてしまった。身終えた今では文字通りの作品で重くのしかかるわけだが、それと共に痺れさせるものがあった。

無差別通り魔事件を起こした家族に焦点を当てた作品。事件を起こした張本人は次男の葛城稔。しかし、それ以上に父である葛城清の存在が際立つ。 「俺が一体何をした」と言い放つ三浦友和。当事者ではない父親なんだから当然こういう言い方になっても不思議ではないのだが、この言葉にこそ事件を引き起こした本質はあると思う。

日本の古臭い一家の大黒柱像を思い描く典型的な無神経で絶対的な彼の考えってのは日本の古くから根付く考えでもあり、かつ、理想の父親像とも考えている人がいるのも事実。「俺の若い頃は〜…。一国一城の主になって〜…。」などと威厳のある父親にも客観的には思える。実際今では煙たがられるようなことも多いが、葛城清というのはそういう男でいくつになっても偉大な父であり続けようとする。

その中で縛りつけられて生活を共にしてきた母・伸子、長男・保、そして次男・稔。 父親に対して強く抵抗したり文句も言えない関係性で、そんな状態だから次男にもまともに注意もできない。 父親の期待を一身に背負い、父親に好かれるような子どもを装ってきた長男の気持ちも非常によくわかる。親からの大きな期待と現実の上手くいかないギャップに、結局は親に気を遣い、妻子にも気を遣い、弟にまでハッキリと文句を言うことができない。 そんな弟はダメな子どもとして長年育てられ、それでも父親に反抗もせず、かと言って悔しくて努力をしたりもしない。父親のことが嫌いでまともに会話もしない。そんな二人の歪みは大きい。

しかしそんな弟が一番似たのは誰よりも父である清。口調や無神経さのみならず、上から目線で日本を語り始めたりとかする辺り、冒頭での対比シーンは見事だった。

じゃあ結局父親は偉大か、っていうとそうでもなく、実際稔の言う通り「親の仕事を継いだだけ」のくせに偉そうで、家でデカい顔しているわりに社会では小さな存在。 それを象徴するかのような彼の経営する金物屋の小ささ。そこに座る長男の見た視野の狭さってのは印象的だった。

どうにもならない歯車が家族崩壊への道を辿る一途で、父親が諸悪の根源でもありそうだが実はそうでもなく、家族全員に責任がある。父親だって悪者扱いされているが、父親自体に悪気はない。むしろ理想を追い求めた上で力不足が仇となり歯止めが効かなくなっただけで、彼なりの父親を努めたに過ぎない。だからこそどこにでもあり得る話で、ゾッとする。

本作は事件前と事件後の時間軸を交互に展開するような構図。「俺が何をした」と喚く清の素直じゃなく、素直じゃないんだけど確かに大切な部分に気づき始める終盤は名シーン。誰も帰って来ない家を守り続ける清の姿ほど切ないものはない。だって彼の求めたものは最後まで家族だったはずだから。家族こそが生きがいだった。その家族を壊した自分自身。ラストは言葉が出なかった。

また光の使い方が巧妙で、保の子どもが怪我をするシーンや保が家を出ていくシーンなど、どれも光が不気味さを際立たせていた。不気味さと言えば本作の南果歩の右に出る者はいない。狂っていく母を演じた南果歩の姿はただ話しているだけで恐怖すら感じ、カナブンの話辺りはライティングもよかったが心から身の毛もよだつ感じがした。

抽象的にした部分が多いのでネタバレもなるべく避けたつもりですが、とにかく語り出したら止まらなかった。父親が自分の父親と重なる部分があるせいかもしれない。とにかくそれほど素晴らしい作品。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)死ぬまでシネマ[*] けにろん[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。