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[コメント] Mr.ノーバディ(2021/米)

喜びに溢れた殺戮。それを、まったく映画として倫理的に描いている。別の見方で云えば、リバタリアンの夢だろう。てなことはさておき、全体に細かな演出が良く出来ている。そういう意味で、傑作だと思う。
ゑぎ

 気に入った点をつらつらと書きます。まずは、主人公のボブ・オデンカークが滅茶苦茶強く、やられることはありえない、と了解しながら見るパターンなのだが、それでも、序盤のバスの中での、チンピラとの乱闘シーンで、かなり、痛めつけられるのだ。その前の壁を素手で殴る部分もそうだが、ちゃんと、オデンカークの痛覚が観客に感じられるように描かれている。それを踏まえた上での、終盤のコンバット・シューティングだということ。また、オデンカークの父親が、クリストファー・ロイドで、彼の描写も一貫して揺るぎない。ほとんど戯画化のレベルだが、本作の魅力に貢献しているのだ。西部劇好き、というものいいじゃないか。あるいは、オデンカークが妻、コニー・ニールセンに、今も恋しい、と云った後、すぐにラブシーンになるのかと思いながら見ていたが、そうならない奥床しい演出。また、ロシアンマフィアの幹部、ユリアンのキレっぷりもよく見せるが、彼の登場シーンで、「ユリアン」と字幕を出し、舗道からクラブの店内に入って、客席をずっと通り、舞台で唄うまでワンカットで見せるこの演出には、ちょっとニヤケてしまった。この映画、あちらこちらで、くすぐる演出を入れて来る。それが私には、ハマったのだ。例えば、オデンカークの日常のルーティーンを、細かいカッティングで繰り返す演出(その際の効果音)。彼が自分の過去を話し始めるが、途中で誰も聞いていないことに気づくシーンの反復。ストローをチンピラの喉に挿すシーン。娘の猫のブレスレットの行方。オーナー用駐車スペースに車を停めるのを律儀に見せる部分。そして、ジャズ・スタンダードの、ベタな使い方(特に「What A Wonderful World」)。

 終盤の、クラブでのユリアンとの対峙シーンも見事だ。こゝがあるのと無いのでは、大きく違うと私は思う。弟が殺されたユリアンに対して、マイホーム(妻子)と父親(ロイド)が襲われたこととのバランスについてきちんと言及する、というのが潔い。それを踏まえたうえで、喜びに溢れた殺戮に至る、という点がまったく映画として倫理的だ、と感じる所以なのだ。

#オデンカークの家の、多分居間から見える壁に『黒い罠』のポスターがある。変な家、と思った。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)disjunctive[*] サイモン64[*] DSCH[*]

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