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[コメント] ベルファスト(2021/英)

いわゆるドラマチックな「物語」は描かれない。1969年のバディ少年(ジュード・ヒル)の周りで起きていた“あのときのあの出来事”が断片(印象)として活写される。長い年月と経験を経て、その断片は“ある価値”として実を結ぶ。記憶とはそういうものだと思う。
ぽんしゅう

あの時代の状況は描かれるが、登場人物たちの主観(心理)はほとんど描写されない。特に少年はあくまでも少年らしく、つまり社会の動揺はもちろんコミュニティーや家族(父と母や兄)の葛藤など知る由もなく、クラスの美少女やおませな従姉、生き抜く為の“ちょとずるい知恵”を授けてくれるお爺ちゃん(キアラン・ハインズ)と、そのそばに寄りそう優しいお祖母ちゃん(ジュディ・デンチ)の存在がバディ少年の世界のすべてだ。自分の子供時代を思い出してみた。あのときの私は、身の回りのすべての出来事に対して「受け身」の存在だった。そして、そのときの記憶こそが、今の私の“価値”の源だ。

作中で引用される映画(やニュースやガジェト)とその暗喩が楽しい。ベルファストのコミュニティと少年一家が直面した問題は深刻なのだが、そこにケネス・ブラナー監督がダブらせる暗喩の“楽しさ”が、この映画の救いになっている。

インテリ上院議員が武器を手にする葛藤を描いた『リバティ・バランスを射った男』。孤立した保安官が町に残るか否かに悩む『真昼の決闘』。そんな西部劇の名作が、家族の安全と将来の生活と故郷への愛着をめぐるお父さん(ジェイミー・ドーナン)とお母さん(カトリーナ・バルフ)の葛藤の暗喩として引用される。「ハイヌーン」が流れるクライマックスで私は目頭を熱くした。

スタートレック』のMr.スポックがテレビに映る1969年はアポロ計画で人類が初めて月に降り立った年で、バディ少年の宿題もそのレポートだ。『チキ・チキ・バン・バン』の危機一髪ファンタジーに孫と一緒に息を飲むお祖母ちゃんは、そんな時代の空気もあたのだろう、町を離れることに悩む息子夫婦に、ロンドンへ出てその先は宇宙にまで行けばいいと発破をかける。むかし『失はれた地平線』に憧れたお祖母ちゃんは、若いころ町の外の世界に夢を抱いていたのだろう。

恐竜百万年』のラクエル・ウェルチ、『大脱走』のスティーブ・マックィーン、ジンジャーとフレッド。サンダーバードの制服にマッチボックス(ミニカー)。クリスマス・キャロルの舞台劇。他にもまだまだリスペクトや暗喩が隠れていた気がずる。書ききれないし、思い出せない。見終わったとたん、もう一度見直してみたくなた。こんな映画は久しぶりだ。

最後に、お母さん(カトリーナ・バルフ)の膝上丈のミニスカートが素敵だった。1970年代の日本にも、上品に膝を出した素敵なお母さんがたくさんいたのを思い出した。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)jollyjoker[*] ゑぎ[*]

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