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[コメント] 白い牛のバラッド(2020/イラン=仏)

なんせ過酷なんよ
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この後家さんは何ひとつ悪いことしてないのに、まったくなんということだ。パキスタン映画『娘よ』やアフガニスタンを描いたアニメ『ブレッドウィナー』でも描かれていたが、イスラム教圏の女性の人生は過酷すぎる。人権もクソもない。

亡夫の弟がクソ野郎で、実家に戻れ、さもなきゃ親権を奪うぞとしつこく脅してくる。弟がちょっと後家さんの手を触る場面があるでしょう。あれ怖いんですよ。イランではレイプされた女が罰を受ける。石を投げられる(比喩ではなく投石刑というのがある)。女性が「レイプされない」状態でいられるかどうかは男の気分次第なのだ。

自分は歴史にも宗教にも暗いド素人だが、わたくし思うに環境が過酷なのがいかんと思う。砂漠や荒野、岩山ばかりの厳しい自然環境では生き残ったやつが正義で、人権なんか大事にされません。生じる文化も過酷なものにならざるを得ぬ。中東には「敵の敵は味方」みたいな、やたら戦闘的な諺がたくさんあると聞く。

気の毒な後家さんを助ける、謎の男レザ。こいつの正体は正体として、紳士的なレザに後家さんもだんだん心を開いてゆく。かわいい娘もなついてゆく。このへんのメロドラマが実にいい感じだ。この映画には、後家さんが口紅を塗る場面が2回ほど出てくる。この水準の映画が、意味もなく同じことを漫然と繰り返すわけがないのだ。あの口紅はレザに対して後家さんが女になった、つまり「関係した」ことを示すのではないか。或いは「関係してもいいと思った」表現なのではないか。あのねえ奥さん、お気持ち判りますよ。『遙かなる山の呼び声』の倍賞千恵子でしょ。判ります。

心を許した彼の正体が判明する、凄まじい緊張感の長回し。その後、後家さんに促されたレザが牛乳を飲む。ダサい説明台詞なんか何もない。後家さんはそうするしかないところまで追い込まれており、牛乳を飲むレザもどこかで判っている。こうなるしかないと感じている。

これが西欧の映画なら、レザをアレした後家さんはひとり『ジャッキー・ブラウン』よろしく「110番街交差点」をキメたかもしれない。なんなら子連れでレザと逃げたっていい。だが絶対にそうはならんのだ。イスラム教の中で生きてきた彼女は、そうはならんのだ。彼女の頭上には女性差別の膨大な歴史がのしかかり、彼女をとり囲むのは広大な女性差別の社会だ。

テヘランの司法は言う、冤罪は過ちだったが、これも神のご意志である。ここでは神が、男たちの過ちの方便になっている。社会を改善しない方便になっている。レイプしたのは悪かったが神のご意志だ。殺したのはすまないが神のご意志だ。そのしわ寄せのすべてを、女性が負わされる社会。そこで生きる女性自身が、「世の中そういうものだ」と思わされてしまう地獄。吐き気を催す残酷とは、暴力よりも差別よりも、精神の自立を奪われてしまうことなんだ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)けにろん[*] jollyjoker

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