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[コメント] 対峙(2021/米)

教会の外観。駐車場に車が停まり、コーディネーターの女性が出てくる。会場(面談場所)の準備シーンから始まるのだが、この冒頭から緊張感溢れる。
ゑぎ

 教会の担当者から、宗派は聖公会だという科白がある。調べると、カトリックとプロテスタントとの間の中道派だということだ。だからか、会場には、キリストの磔刑像が付いた十字架が飾られている。

 被害者の父母、ジェイ−ジェイソン・アイザックスとゲイル−マーサ・プリンプトンの乗った車がやってくるが、まだ心の整理がついていず、一旦、教会から少し離れた空き地の前へ。空き地は、道路とは有刺鉄線で区切られている。放棄地のような草むらの向こうに球場があるのだろう、ナイター設備(照明)が見える。有刺鉄線には、オレンジ色の細いテープが巻き付き垂れている。

 プリンプトンが教会の建物に入る際に、庭をじっと見るショットがある。これはこの人の癖なのか、彼女の何かをじっと見る所作が、以降2回ほど反復される。加害者の父母、リチャード−リード・バーニーとリンダ−アン・ダウドが少し遅れてやって来て、面談が始まる。

 この面談が始まるまでの序盤も、とてもじっくりと肌理細かく見せるのだが、前半は、ほゞフィクスショットだ。パンもあるし、ものすごくゆっくりとしたドリー寄りのショットもあるが、ほとんど、かっちりした切り返しで見せている。しかし、中盤なって、被害者の父親のアイザックスが興奮して叫ぶ場面の途中で、有刺鉄線とオレンジ色のテープの画面が挿入され(これはアイザックスのフラッシュバックなのだろう)、この後、アスペクト比がビスタからシネスコに変化する。すると、こゝからは、明らかに手持ちの不安定なショットばかりになるのだ。このカメラワークや画角の選択については、私はちょっとあざといものも感じたが、人物のテンションに合わせた演出効果として奏功し、強烈な緊張感が維持されている要因になっていると思う。

 ただし、加害者の父親であるバーニーが、被害者一人一人の名前と状況を喋り出すのは、演劇的に過ぎると思った。また、面談の終わりは被害者の母親プリンプトンが一人で唐突に納得した感があり、良くも悪しくも、プリンプトンの迫力で収束したように思う。面談が終わり、皆が部屋を出るが、一人残ったプリンプトンが壁の絵をじっと見る。こゝでカットを換えると、絵がなくなっていたように私には思えたのだが、私の見間違いだろうか。

 玄関前に降り、4人がぎこちなく挨拶をし、先にバーニーとダウドが帰る。アイザックスとプリンプトンが、ダウドからもらった花の鉢の箱を探してもらっている際に、こゝでも、プリンプトンの凝視の演出がある。しかし、この場面も強烈な演出であり、プリンプトンが冒頭から、じっと何かを見る所作を繰り返していたのは、この場面のためだったか、と得心する。このあたりでは、カメラワークも落ち着いたものに戻っているのだが、聖歌隊の練習の歌声が聞こえる場面でのアイザックとプリンプトンは、俯瞰気味の少し高い視点で撮られており、神妙な触感が醸成されている。

 本作も、映画にはフラッシュバックや回想といった技法がまったく必要無いのではないか、と思わせられる映画だ。あるいは、フラッシュバックや回想の画面化が無いことの良さ、強さ、がよく分かる映画だと思う。だからこそ、中盤で有刺鉄線とオレンジ色のテープのフラッシュバックがあるのはアイロニカルなのだ。

(評価:★4)

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