[コメント] ルート29(2024/日)
勿論、森井勇佑の前作『こちらあみ子』を見た際に、次作に大いに期待したことを確認したいという気持ちも強くあった。こういう場合に作用しやすいバイアスをできるだけ排除することに努めながら見たが、これは前作と比べても、いや、近年の同じようなファンタジーを取り入れた良作、例えば『川っぺりムコリッタ』とか『さかなのこ』なんかに比べても、ちょっと図抜けているんじゃないだろうか。
まずは、2つの長い横移動によるゴージャスなモブシーンのことを書きたい。一つ目はファーストカットだ。これは姫路城か。修学旅行(遠足?)の中学生たち。先生がメガホンで自由行動の注意事項を喋りながら歩く。これを先生の動きに合わせて右へ横移動するシーケンスショット。カメラが止まると女子生徒が中央に立っていて、右へ走る。男子生徒2人の前で、煙草を喫う仕草?と思っていると、街中の路地の喫煙場所へ。そこにいるのが、綾瀬はるか。彼女の登場ショットだが、最初は引き過ぎていてよく分からない。さらに、フレーム内をローラースケートで横切るかたちで、もう一人の主人公、大沢一菜を見せる。なんて面白い演出だろう。
もう一つが、鳥取の近くの町。その商店街で人々がフリーズして上空(夕空)を見ているのを道路から撮った横移動ショットの連打だ。アーケードの下を歩く人たちだけでなく、店舗の上階の窓なんかにも人が見える。人々が何を見ていたのかは、ネタバレでもないと思うが伏せておこう。いずれにしても、冒頭の姫路の場面もこの商店街の演出も、まるでアンゲロプロスのような偏執的な、ワンシーンのためにどれだけ手間暇をかけるのだ、と思わせるスペクタキュラーの造型だ。
また、本作も煙草の映画。冒頭で普通の(真面目そうに見える)中学生の男女に煙草を喫わせ、市川実日子が綾瀬に仕事を頼むシーンでは、多分、喫煙を許されていそうにない場所で、煙草持ってますか?と市川から声をかける。綾瀬と大沢が、初めて対面するのは草むらの中だが、綾瀬は煙草を反対に咥え、フィルターに火をつけたことで、大沢に見つかる。中盤の山中の場面で遭遇する放浪中の親子のお父さん−高良健吾にも煙草(ラッキーストライク)を勧めるシーンがある。高良は「社会は監獄」と云う。そう云われると、綾瀬の衣装は囚人服のようにも見える。全編、綾瀬は紅紫というか桃色というか清掃員のツナギを着ている(パジャマ姿のワンシーンを除いて)。
あと、その他の特筆すべきと思う部分をあげておこう。シャケ師匠とサカモト。赤いドレスと赤い帽子の伊佐山ひろ子。彼女はレトリバー2匹を連れているが、逃げた3匹目を探していると云う。山中で、空気の抜けたボールを見つけた大沢は、3匹目の生首と云いながらボールを蹴る(綾瀬とパスし合う)。道路の真ん中で横転している乗用車の唐突な見せ方。中に爺さんがいる。湖(音水湖)で緑のカヌーに乗る爺さん。綾瀬と大沢は黄色のカヌー。爺さんは新郎新婦を含んだ10人ぐらいの赤いカヌーの人たちと行ってしまうのだが、こゝもアンゲロプロスみたいだ。そして、綾瀬の姉−小学校の先生、河井青葉の造型だ。寝る前に、姉妹で会話するシーンが私は本作の白眉だと思う。河井の支離滅裂かつ聡明な科白。彼女のショットの強さ。河井と綾瀬の切り返しのスリリングなこと。
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