[コメント] 髪結いの亭主(1990/仏)
映画を見終った人むけのレビューです。
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世の中にはいろんなかたちの幸福がある。と思います。ですから女性にとっては、「男の求めに献身的な愛をもって応える」という類型的な「女の役割」を演じることによって得られる幸福というものも、きっとあるのかも知れません。たとえ相手が生身の彼女自身をではなく、身勝手な願望や妄想を彼女に投影したその像を愛でているだけなのだとしても、愛する男のためなら喜んでその像を演じてみせよう、無償の愛をもって応えてあげよう、というわけです。余談ですが、フェミニストの方々の「抑圧され搾取された女性の権利を解放する」という至極もっともなご高説が、しばしば世の女性にとっては「大きなお世話」でしかなかったりするのも、きっとそのへんに理由があるのだと思います。
でもね、でもね、こんなウスラ禿げで、ごくつぶしで身勝手で幼児性まるだしでオッパイ星人のマザコンオヤジのどこがいいの……?というのは結局は好みの問題に還元されてしまうからここでは問いませんが、ひとつだけ確認しておきたいことがあります。まず当たり前のことですが、恋愛とは二人でするものです。二人でするということは、そこには必然的に関係性が生じるわけですから、その関係を調整する手段=すなわちコミュニケーションを必要とすることになります。しかしこの二人を見ていますと、一方は自分自身の妄想を投影した像を愛で、他方は相手にとって完璧な像であることに悦びを感じており、その両者の間には実は一切コミュニケーションが介在しておりません。男の妄想を女が演じる。つまりこれは一種のイメクラプレイなのです。イメクラプレイとは、双方の契約と同意のもとに、お互いがそれぞれの役割を演じ合うゲームなのですから、そこに恋愛関係を介在させる必要は、必ずしもあるわけではないのです。
そしてしかし、実を言いますとここからが本題なのですが、おそらくこの監督は、 はじめから恋愛映画を撮るつもりなど毛頭なかったように思えるのです。こんなの、「オッサンのオッパイ星人ぶりをオシャレ映画にパッケージング」しただけの、内実はただの官能イメクラフェティシズム映画です。そしてこの監督ははじめからそのつもりでいたと思うのです。きっと確信犯なのです。カンペキに開き直っているのです。ですから見ているほうも、上述したような論拠でもって「こんなのは恋愛じゃない。コミュニケーションがない」なんていきりたったりせず、野暮なことは言わず、そのフェチぶりエロぶりにハァハァしていれば良いのです。フェティシズム映画として見れば、これはこれでなかなかに美しくエロティックな作品ではありませんか。それでいいのです。そこに「恋愛とは何か」といったような妙な問題意識を持ち込む必要はないのです。
ところで結末において、主役の一方たるヒロインの女性は、完璧な像を演じきることによって得られる悦びを無時間的(永遠)なものとすべく、自らその命を絶ちます。ここでなぜ男女二人が心中をするという道を選ばなかったのか、それは、二人の間にそもそもの初めから恋愛関係が存在しなかったゆえ、というのもちろんあるでしょうが、おそらくより大きな、そして根源的な理由として考えられるのは、「時間」というものに対する男女の感受性の決定的な差異、これだと思います。すなわちそれは、(一般的に)「男」はいつでも現実を括弧入れし、観念(妄想)のなかで永遠を有することができますが、(一般的に)「女」は時間の有限性という現実を痛いほど知悉しており、それゆえその有限性を無限へと変えるためには唯一死を選ぶほかない、この両者の認識の違いです。
もしかしたらそこに、その決定的な差異ゆえに、男女は究極的には絶対に理解し融解しあうことができず、畢竟恋愛とは原理的に不可能なのである、というこの監督の諦念があるのかも知れず、あるいは上述したような監督の「開き直り」もその諦念から来ているのかも知れません。これは深読みですが。ともあれ、こうして彼女はオッサンの観念のなかで、永遠に完璧なる像として生き続けることになりますが、他方当然のことですが現実においては彼女はすでに存在しておらず、もはやオッサンには彼女のオッパイはおろか、指一本触れることすらかなわぬ夢となります。ここに現実と観念の究極の乖離が生じます。相手の絶対不在。こうしてイメクラプレイは放置プレイへと移行します。ですからこれは一面、男性にとっては究極のマゾヒズム映画なのかも知れません。ホントかよ。
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