[コメント] ホット・ロック(1972/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
宝石泥棒やら脱獄やら、いかにも映画的な事件が次々と起こりながらも、そこに挿み込まれるディテールに、どこか等身大の現実味が込められているのがいい。ヘリコプターで警察署の屋上から急襲しようという派手な計画でも、一度、間違った建物の屋上に着陸してしまう。可笑しいんだけど、いかにもありそうな失敗でもある。
また、襲われた警察署の署長が、「革命だ!」と変に奮起してしまう事で、お祭り騒ぎ的な味が出て、エンターテインメントとしての適度の緩みが加味される。屋上から投げ落とされる爆弾の祝祭感。
爆弾と言えば、ドートマンダーが専門家のアランと爆弾のテストをする場面もいい。次々とバージョンアップする爆弾の弾けっぷりと、それでも満足しないドートマンダー。並んで普通に釣りを始める二人。アランに、どれくらいの爆発が入り用か訊かれたドートマンダーの、急に頭のオカシイ人になったみたいな絶叫。「オッケイ…」と応えるアランの淡々とした佇まい。このシーンに端的に表れているように、けっこう派手な事が起こる半面、演出のトーンは終始クールさを保つ。
だからこそ、ラスト・シーンでのドートマンダーの歩行の軽快さが印象的になる。貸し金庫からまんまと宝石を手に入れた勝利の凱旋。ビルの直線的なフォルムが並ぶ、何という事もない都会の情景の中を、スキップ寸前の幸福感で進むドートマンダー。片手の手のひらを突き出して、道往く車に合図しながら通り抜けるその動作の軽快さ。それまでも、淡々としたトーンが瞬間的に上がる場面は見られたが、このラストでは、高まったトーンが、仲間たちと歓声を上げる瞬間までそのまま維持されており、その事でまた、映画全体の中でのこのシーンのアクセントを高めている。
ドートマンダーは映画の冒頭、貸し金庫と同じような、鉄格子、錠前、書類手続きを経て出獄していたのだが、これは刑期を終えての受動的な動作にすぎなかった。だが、最初は仕事を渋っていた彼も、困難や妨害に遭う事で却って闘志をかき立てられる。最後の凱旋の幸福感は、単に狡賢いオヤジをだし抜いて清々したというだけではなく、一度は配管工になろうとしていたドートマンダーが、たとえ終身刑のリスクを負う事になろうとも、本来の自分に帰った事による解放感なのだろう。
そして、催眠術師の合言葉「アフガニスタン・バナナ・スタンド」の、そのまま映画の題名にしたいような味わい。催眠術師の初老の女性の、ハスキーな声もいい。他にも、大事な仕事の話に「鳩に餌をやる」という日常的穏やかさで割り込む老婆や、レコードから流れるレースの爆音にうっとりする、運転の専門家マーチの母親など、登場シーンの短い女性が意外と印象に残る。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (3 人) | [*] [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。