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[コメント] スウィート・ヒアアフター(1997/カナダ)

この映画が意図的に見落としているもの。
HW

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 Kavalier氏の的確な表現をお借りすれば、この映画は勝れて「試み」だと言える。試みというのは、ある前提なり姿勢なりを持って実地に望む、という事であろう。意識的・無意識的の別はあれ、作品は常に何らかの試みであるだろうけれど、この映画の場合、それが極めて意識的に、徹底して、一貫して行われている事を付け加え、優れた前提とその丹念な実践の成功を讃えたい。サスペンス性孕んだ登場人物の配置を最後まで一歩踏み外さず抑えて描く、細部まで行き届いたサービス精神のなさ・・・じゃなかった、姿勢とそれを支える手腕には好感を抱ける。この限りで、かなりの傑作だと思う。しかし、そういった意識的な作業過程で、一貫して度外視されてしまったものを同時に感じるし、それは実際には見過ごし難い問題のように思える。

 「事故(アクシデント)なんてものはない」―それが弁護士の投じた石であった。この問題提起は満足に解決されない。確かに突然の「事故」は常に犠牲者や遺族にとってはあまりにも「起きてしまった事」だし、そういう困難な心理状況の人に対して「怒り悲しむのは社会的背景を全て把握し、正しい相手を見つけ出した後です!」と諭すべきだなどとは全く思わない。けれども、それを「事故なんてものはない」という極端ではあるが、意義のある問題提起に対する暗黙の解答として提示してしまうこの映画に少なからず危うい論理を感じる。実際、この映画では原因調査というものがほとんど描写されない(あるのは調査性薄いバス内部ビデオ撮りのシーンだけ)。「事故」であったのかどうかを判断する事を拒み、悲嘆しながらも運命として受容する態度は、立場さえ変われば、自分達が起こした惨劇に対して「不可避的だった」と加害・被害関係を拒否する態度、あるいは、自分は「巻き込まれていた」と特定少数への個人攻撃に向かう態度と同じ根を持っているのではないか?「事故」かどうかは関係なく、「起きてしまった事は起きてしまった事」の世界観だ。これは弁護士においても同じで、彼は娘がドラッグに走っている事を毒グモに襲われた事のように理解し難い突然の災難としてしか認識し得ないのだ。それは確かに「当然の感じ方」ではあるかもしれないが、必ずしも「まっとうな判断」であるとは言えない。

 そして、ここから同じく難を付けざるを得ないのが、作品の根底を流れる「善人も悪人もいない」という「人間そんなもの」観だ。「善人がいて、悪人がいる」とは思わないけれど、自身含めた誰かの行為について「すべきである(ない)」「責任があった(なかった)」と評価や反省を下す事は必ずしもその人を善人か悪人かと認定する事とイコールではないだろう。弁護士はまた述べていた、裁判の対立は「善悪ではなく、それぞれの立場」なのだと。異なる立場が存在する時、それが絶対の善悪とは限らず、むしろそれぞれの異なる正当性があっての事かもしれない。だからこそ、主張し合う意義がある。ところが、この映画の描き方では、絶対性がないのだから、誰もが自らの言い分に関して口を噤むべきらしい。絶対性がなければ、主張してはいけないのだろうか?むしろそういう考え方は自分の絶対性を信じれば、相手の言い分をいくらでも無視出来るというのが実際だろう。

 この作品に描かれている人間は、何も知らずに生まれて死ぬだけ(まさに'Sweet Hereafter')の憐れな被造物です。そこはあたかも全ての行為が等しく肯定される(=全ての意志が否定される)、優しく暖かい世界です。そこではあたかも全ては起こるべくして起こり、我々は既に起きた事にもこれから起こり得る事にも何も知り得ず、知る必要すらないようです。それこそが我々にとっての生だそうです。確かに一面としてこういう考え方はしばしば意味深いものですが、ハッキリさせて置きたいのは、この作品世界は「善悪」を除外していたようで、実際の所、そのためにまず「事実」を除外しています。「感じ方」を正す事は出来ないと言っているようで、実の所、それは「事実」を正す事から放棄しているのです。この映画は何の断罪もしません。当たり前です、そもそも「事実」を正そうとしないのですから。作品の精巧さには目を見張りますし、作品を貫く前提が一つ(つまり、他にもある中の)の重要な考え方であるとは認めますが、一言抱いた印象を言えば、空虚です。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)irodori けにろん[*] Kavalier[*]

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