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[コメント] フルメタル・ジャケット(1987/米=英)

人間兵器の不完全性
山ちゃん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 人間の完全な殺戮マシーン化は不可能である。良くも悪くも人間は、人間的な感情等を排することは不可能であるからだ。そして、本作では、完全な殺人兵器となり切れず浮き彫りとなった人間的な一面が描かれておりそこに私は悲哀を感じる。

 本作は、訓練編と実戦編の2パートに分かれる。前半の訓練編においては、洗脳ロボットの如きハートマン軍曹による新兵達への調教が始まる。そこで彼ら新兵達は、ハートマン軍曹により発せられる卑猥なスラングと不条理な暴力により、人格だけでなく理性をも根こそぎ奪い取られるかの如く調教される。それは彼ら新兵達を最終兵器殺人マシーンと化するための洗脳行為のようである。ここでいう、殺人マシーンとは、人間的な感情を排したただ命令に従うだけのマシーンである。そして、彼ら新兵達は、軍曹という人の面を被ったスラングマシーンの洗脳教育に従う。しかしながら、彼ら新兵達は洗脳教育に従いつつも、洗脳はされていない。すなわち、彼ら(微笑みデブを除く)は、その非人道的な訓練に従っているだけであり、それは状況に適応しているだけなのである。微笑みデブを除く彼らは、人間性を保っている。だからこそ、彼らは集団の中で足を引っ張る微笑みデブに対し、裏で怒りの感情をぶつけるのである。故に彼らは、洗脳を受けず殺戮マシーンと化されてはいない。彼らがもし完全なる殺戮マシーンと化していれば、このような微笑みデブに対する陰湿なリンチはなかってであろう。故にこの悲劇は、殺人兵器の不完全性ゆえのものである。

 人間兵器の不完全性については微笑みデブについてもあてはまる。彼はその集団的訓練に適応することができずに正気を失うが人間性を失ったわけではない。確かに彼は、あらゆる面で劣っており人格が崩壊していく。そして、皮肉にも彼が唯一己を誇示できるのは、彼が唯一長けている射撃能力(殺戮行為)である。故に彼は銃を愛人のように話しかけ、自己が崩壊していき殺戮マシーンと化していくかに見える。そして、微笑みデブは、時に意味深な言葉を発し、時にシャイニングスマイルも魅せながら周りの新兵達と一定の距離を置いていく。人間側からマシーン側へと乗り移っているかのように見える。しかしながら、その微笑みデブの異常とも思える行動は、人間なら誰しもが持っている求愛行為と結託しているのである。脱線するかもしれないが、この微笑みデブは、「最終兵器彼女」のチセと似ている。どちらもドジで間抜けであり、社会的適応力にかけており生存能力がない。しかしながら、どちらも生存能力がないがゆえにそれを補うかのように戦闘能力のポテンシャルを秘めている。最終兵器彼女チセは、否が応でも物理的に兵器と化していくのであるが、シュウちゃんとの愛により人間性を失わずにいるのである。そして、彼らは彼らだけの愛の世界に引きこもっていく。これに対し、この最終兵器デブは、精神的にずたずたにさせて人間性をはぎ取っていき兵器と化されていくが、銃を仮想的な恋人と見立てることにより人間性を失わずにいるのである。そしてこの最終兵器デブは、彼とその恋人である銃との愛の世界に引きこもっていく。そして、ジョーカーに見せたシャイニングスマイルは終わりの合図であり、彼は兵器と化し得ず、最終的に銃との一体化を求め自殺を図る。故に微笑みデブにしても、彼は洗脳を受けず殺戮マシーンと化していない。そこにもまた悲しさを感じる。

 後半パートのベトナム少女においても同様である。彼女は、訓練された射撃のプロであり、精度高い殺戮マシーンの如き次から次へと彼ら新兵達を射殺する。しかしながら、最後に撃たれて捕えられた彼女は、一人の少女として、彼らに対し、「殺して」と苦痛から解放を望む。殺戮マシーンの最期は、一人の少女として映し出され、そして苦痛からの解放を望む人間的な一面が浮き彫りにされている。これに対し、新兵の一人ジョーカーは、人間的な良心をもって彼女を苦痛から解放する。

 このように、戦場に送り出された彼らは誰一人として兵器と化せず人間的な一面を見せる。それは、良くもであるが、ゆえに殺人兵器となり切れていない人間の弱さともとれる。そしてそれゆえに人間的な一面が浮き彫りとなる。本作において、私はそこに戦争における悲哀を感じる。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)DSCH 3819695[*] ぽんしゅう[*]

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