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[コメント] 間違えられた男(1956/米)

ザ・ニューヨーカー映画。このさりげなくも抜群にカッコイイ映像と音楽だけでも大絶賛に値すると思うし、細かな演出や台詞の妙もかなり巧みで興味深い。
tredair

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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たとえば、もし彼の職業がクラブでのベース弾きでなかったら、この事件はどうなっていたのだろう。最初に彼を捕まえた警官は、明らかにそれによって彼をマイナスイメージでとらえている。派手なだけの浮ついた仕事だ、という固定観念が台詞の端々からただよってくる。

いかにも非アングロサクソンな名前やちょっとあやしい(貧しげな)宿泊客の多いバカンス先の選定などを考えても、彼がもともと「社会的な信用を得やすい立場」になかったことはよくわかる。貧しいということは言わずもがな。早朝の地下鉄車内で新聞広告の<夢のマイホーム>をうっとり眺めつつも、実際は借金を繰り返し、それによってどうにか生活を支えてきていたということが、後に続く寝室での夫婦の会話により示唆される。

また、それゆえなのか、妻も(事件に巻き込まれる以前から)なんとなく不安をかかえて生活していたらしいことが見てとれる。もともと繊細らしく、ささいなことで不安になっては神経的に参ってしまう性格だということが、同寝室のシーンやその後の幾つかのシーンできっちり語られている。

ゆえに、事件に巻き込まれる過程にはこの妻も大きく絡んでくるのだろうな、と思いながら見ていたので、彼女が精神に変調をきたすくだりも個人的には満足(と言ってしまうとどうも言葉が変だが)だった。彼女のそのエピソードがあるからこそ、この映画はただの<記号的な>巻き込まれ方サスペンスでは終わらず、より深みのある<明確な顔のある>人間ドラマとなっている。見かけが似ていたためだけに間違われた男の話であるがゆえに、それはなおさら興味深い。

その他にも、実父の身体の調子が思わしくないらしいところや義理の弟との微妙な関係を匂わせるところも含め、この映画にはたくさんの<人がどうにもならない状況に陥ってしまう理由>がさりげなく掲示されている。あくまで地味に、ではあるが。

私はその洗練された地味さこそに、今までは知らなかったヒッチの控えめだが強烈な<粋の形>を感じた。豪華なブーケのように華々しい魅力はこの映画にはない。が、その裏に隠された季語や有名な和歌なども含めておだやかにその存在を主張する、茶花のような魅力がこの映画には確かにある。

手に汗にぎるハラハラドキドキな展開や誰もの肝を冷やす恐怖演出などがないこの映画は、残念なことに、どうもヒッチの映画史においてはあまり高評価されていない作品の一つであるらしい。

それでも、私は彼の誕生日である今日(8月13日)にこそあえて自信を持って言いたい。

間違えられた男』は凄ぇ!

(評価:★5)

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