[コメント] モダン・タイムス(1936/米)
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この作品を制作する以前、チャップリンはガンジーと会う機会があり、機械文明を批判するガンジーに、「機械は便利な物ではないですか?」と尋ねた。ガンジーの答えは「便利さの追求は、幸福の追求とは別ものです」。その後、チャップリンはフォードの自動車工場を訪ね、そこで労働者が機械の部品のように働かされ、身心を病んでいる事を知る。そうした経緯があって生まれたのがこの、文明批判的なコメディ。
工場での流れ作業は、経営者の一方的な効率追求によってスピードアップを求められ、それに従って、労働者の機械的な単純作業も、人間の限界を超える速度と正確さを強いられる。チャップリンがコミカルに演じているように、体が痒くなったり、傍に居る人に話しかけたくなる、といった、人間のごく自然な欲求を、一瞬たりとも許さない機械は、単純作業の反復によって、人間の身心を、機械的な条件反射の奴隷にしていく。
食事マシーンに翻弄されるチャップリンや、チャップリンに食事を口に運んでもらう機械技師の姿から窺えるように、手はネジを締める為にのみ、頭は食事をする為にのみ存在するかのような労働者たちは、家畜さながらの扱いを受けている。それは映画の冒頭での、家畜の群れと通勤ラッシュが重なる場面に象徴的に表されているし、映画のタイトルで、時計が大写しにされているのも、機械の歯車による絶対的な支配体制を示している。
遂にチャップリンが大暴れする場面では、彼が工場の作業で強いられていた不自然な動作がそのまま、暴力的なアクションとして展開される。チャップリン自身に機械の横暴さが取り憑いたかのようだ。多分こうした点が、精神分析医のフェリックス・ガタリがチャップリンについて言っている、「純粋に無意味な反復効果」によって世界を「反転」してみせるユーモア、というものなのだろう。 (フェリックス・ガタリインタビュー〜音の横断〜 http://www9.big.or.jp/~np/tokijiku/tokijiku07.html)
チャップリンが歯車に巻き込まれて運ばれていく有名なギャグは後に、ダンス・ホールで働くチャップリンが、客たちのダンスに巻き込まれてモミクチャにされる姿として反復されている。この辺りに、機械への批判という以上に、それを使って貧しい人々を都合よく利用しようとする人間への批判を見てとるべきだ。実際、チャップリンがダンス・ホールで給仕として働くシークェンス中で彼は、雇い主や、金持ち風の客に叱られているし、彼が百貨店で働いているシークェンスでは、消費の快楽に酔い痴れる人々の世界を垣間見せ、ボロ小屋に暮らすチャップリンとのギャップを痛烈に表現している。
尤も、そのボロ小屋に恋人と暮らすチャップリンの幸福そうな様子には、『ライムライト』の有名な台詞を想起させられる。「人生に必要なものは、勇気と想像力、そして少々のお金だ」。極貧の少年時代を生きたチャップリンだが、元舞台女優の母がいつも寸劇を見せてくれたりして、家庭は幸福だったという。だから、お金は「少々」あれば充分だったのかも知れない。この「元舞台女優の母」は、チャップリンの作品に登場するヒロインたちの原型のように思える。 『モダン・タイムス』でもヒロインは、キャバレーの踊り子という、舞台に立つ存在なのだ。
機械文明批判、という点のみならず、もう一つ注目したいのは、彼のトーキーに対する姿勢。この映画では、原則として、音楽と効果音にしか音が使われておらず、チャップリンの、「最古の芸術」であり「言葉を越えて伝わる表現」であるパントマイムを擁護する姿勢が貫かれている。人間の音声は、工場長が機械を通して発する命令では用いられており、沈黙の芸術・パントマイムに暴力的に介入するトーキーの横暴さ、下品さと、機械や資本家のそれとを重ねてみせる演出が行われている。
しかし終盤で、誰もが知っている旋律がチャップリンによって歌われる場面では、他ならぬ彼自身の声が朗々と流れるのだ。ただし、歌詞はナンセンス、無茶苦茶で、フランス語かイタリア語のようにも聞こえるが、むしろチャップリンの身振り手振りが歌詞の代わりを務めている。つまりこれは、「言葉なんか無くったって、音楽と身振りだけで人を楽しませる事が出来るんだよ!」という、チャップリンのメッセージに他ならないだろう。
ところで、現実世界でのチャップリンは、赤狩り旋風吹き荒れる時期に槍玉に挙げられてしまうのだが、その原因の一つが、資本家批判や労働運動を描いた、この映画だった。とは言え、劇中でチャップリンは、不運な偶然から労働運動の関係者と見なされ、監獄に収監されるのだ。図らずも自らの運命の予言になっており、何とも皮肉に思える。
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