[コメント] 天井桟敷の人々(1945/仏)
物語の中枢が不明瞭でありながら魅力深く映画史的に煙に巻かれているSO-SO品
この物語はアルレッティ演ずるところのギャランスを巡る愛憎劇であるという見方に大方間違いはないであろうが、語りの視点が複数であることや、ギャランス不在のシークェンスの密度の濃さ、ジャック・プレヴェールによる箴言的な名句と相俟って、寓意性に満ちた詩的な空間が本作を多様に語らしめるマジックとなっている。その意味で振幅豊かな批評的視点を孕んでいるのであるが、軸となるギャランス、バティストの人物描写にテーマの体現度合いが薄く、3時間という長尺で決して飽きさせないが残るものがアンチカタルシスという消化不良な腹応えであった。いやそこが狙いであったのかもしれないが、であればこそその世界観は映画の文体としての強度をカルネに委ねられるべきところ、プレヴェールの詩的リアリズムを凌駕できなかった力量不足な感が否めない。映画よりも文芸に軍配があがった。 この事実こそが映画史的に大きな痕跡となって振り返られる。
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