コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] メメント(2000/米)

趣向を把握できてしまえばあとは単調で驚きに乏しい展開。過去を巻き戻すだけでは映画にサスペンスは生まれない。
OK

映画や小説などのジャンルを問わず、良く出来たサスペンス/スリラー(それに限らないのだけれど)というのは、

○これまでに何が起きたのか? (過去への興味)

○これから何が起こるのか? (未来への興味)

という二方向の時間軸の興味を並行させながら進んでいくことが多い。

例えば、この『メメント』の先輩格といえるだろう時系列構成をひねった犯罪映画、タランティーノ監督の『レザボア・ドッグス』は、時系列順に進む「現在」と時系列の飛びまくる「過去」の断片を交互に提示することで、この両方の興味を巧妙に並行させていた。

それに対して、『メメント』の主筋の時系列は過去の挿話が巻き戻されるだけだから、原理的に「これから何が起こるのか?」の興味が生じない構造になっている。これは挑戦的といえば挑戦的な試みかもしれないけれど、本作の単調な出来を見るかぎりでは、やはり「これまでに何が起きたのか?」の過去への興味だけで映画を牽引するのは難しいのではないかと考えざるをえなかった。(「過去へ遡行する」映画の代表格といえば『市民ケーン』があるけれど、あの作品も基本的には現在時点から「新聞王の死の謎を探る」という興味で話を進めていたように記憶している)

さらに『メメント』の時間構成は、「ある場面→その前の場面→そのまた前の場面」といった直列並びになっているので、全体の趣向がおよそ把握できてしまえば、次にどの時点の場面が提示されるのか?という意味でのスリルや混乱が生じない。(前述した『レザボア・ドッグス』にはそんな魅力があったのだけれど)

「前向性健忘症」を初めて知った人なら感心できるのかもしれないけれど、既知の観客としては、むしろ別の形式で突き詰めればもっと活かすことのできた題材なのではないかと思えてしまう。「10分で忘れる」という、日常生活にも支障が出るだろう無茶な設定は、ただ特殊な構成を成り立たせるための口実としか思えず、物語的な必然性を感じられなかった。

〔追記2002.08.12〕

クリストファー・ノーラン監督の前作『フォロウィング』を観て、この人の作家性は意外にポール・オースターの小説の世界と近いのではないかと感じた。『幽霊たち』などのオースターの探偵小説風の作品では、「何かを見つけるために探索をはじめるものの、何も見つからないまま、探索(探偵)行為そのものが自己目的化して空虚に繰り返される」という展開がよく見られる。『フォロウィング』の「意味のない尾行の常習犯」である主人公はまさにそういう空虚な人物のように思えるし、この『メメント』の主人公も「犯人探しそのものが自己目的化する」という意味で、やはりオースター的な「空虚な探偵行為」に生きる人物といえる。

ただし『フォロウィング』も『メメント』も、最終的には「謎解き」の構造に収束してしまうので、そのあたりのいわば文学的な主題が生きてこないままに終わる。(しかもあまり手際が良くないので、真相の提示が「登場人物の説明」によるものになってしまう)

とするとなおさら、謎解きパズル的な構造を前面に押し出す必要はなかったのではないかと思えてくる。もちろん、志向性が重なるからといって必ずしもオースターの真似をする必要はないのだけれど、これまでのところはオースター的な「空虚な探偵」の主題といかにも「謎解き」的な手法が、いまひとつ噛み合わないままになっているように見えるのだ。

(評価:★2)

投票

このコメントを気に入った人達 (3 人)おーい粗茶[*] たかやまひろふみ[*] muffler&silencer[消音装置][*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。