[コメント] Wの悲劇(1984/日)
大学時代に、もちろんアイドル薬師丸ひろ子目当てに見に行って、最初は三田佳子に完全に圧倒されながらも、映画が進むにつれてその姿が「女優」と化し、最後にはまさにあのポスターのように二枚看板と呼べる存在感を示していた彼女に心底感動した覚えがあるのだが、その後は再見する機会もなく、気がつけば四半世紀以上の年月が流れていた。その間の薬師丸の紆余曲折はご存知のとおりだが、近年になって本当にいい女優になってきた感があるのはうれしいことだ。思えば当時の三田が今の薬師丸くらいの年齢だったろうか。そう考えると俳優という職も、やはり年輪を重ねてナンボの仕事なのだなと思う。
映画そのものに関しては、夏樹静子の原作を改編し、その筋書きだけを元にしたオリジナルストーリーを作り上げ、加えてネタバレなんか全く問題にせず原作自体を劇中劇として舞台化するという大胆な手法も成功していたと思う。というか、この映画が原作どおりの筋書きだったとしたら、そこにいくら薬師丸や三田の神がかった演技が備わったとしても、決して本作のような高揚感はなかったはずだ。そういう意味でも本作は、原作を生かしたオリジナルというWの構造であったからこその面白さであった。
あと、今回久々に再見して驚いたのは、最初の処女喪失のシーンから最後のストップモーションにいたるまで、ビックリするくらいにその画が記憶に残っていたことだ。細かく割るところは細かく割りながらも、舞台劇よろしく、役者の力で魅せるところは極力ワンカットで魅せるという力技が功を奏してか、役者の立ち居振る舞いや顔の表情、あるいは台詞のひとつひとつまでもが見事に頭に残っていた。例えば舞台で薬師丸がはじめて主役のマコを演じるとき、その第一声を発するときに一瞬三田と目があうシーンがあるのだが、そうだそうだ、このときの三田の目がいいんだ、とか、そんな見方ができたのが本当に楽しかった。また、本作はよく名セリフの宝庫だとも言われた作品だが、なるほど、それらのセリフのひとつひとつもセリフだけでなく、どのようなシチュエーションで語られたかまでが画的な記憶として残るので、皆がマネしやすかったということもあるのかもしれないとも思った。もちろんそれは、土台としてのセリフの良さというものがあっての話でもあるのだが、そういうところまでを含めて、本作はやっぱり面白い映画だった。
もちろん80年代という時代を感じるシーンは確かに古臭いし、役者の演技から物語にいたるまで作られ過ぎの感がしないでもない。しかし、こういう映画もあっていいと思うのだ。本作の監督である澤井信一郎が、その後いかにもなミスキャストを重ねて突きぬけないという歴史的事実は残念だが、いまだに彼を許してしまおうとする自分がいるのも、やはりこの作品があるがゆえにということがよくわかった今回の映画体験でもあった。
*** 余談 ***
しかし、個人的には当時も今も解決しなかった問題がひとつだけあって、それは高木美保がいかにしてコトの真相を知り得たのかということである。その事件のことを知っているのは映画の中では薬師丸、三田、三田村の3人だけのはずなのだが、どうして彼女が?
確かに三田は夜のバーで三田村にえらく大胆に告白していたから、そのテーブルの近くの誰かに聞かれていても不思議ではないし、もしかしたら実は三田村が高木までを食っていてその場で彼女に教えてしまった(そういえば三田村は三田に告白されたとき「役を降ろされた彼女はどうなるんだ」みたいなことを言っていたな)という線も考えられなくはない…。
まぁ、映画的にはまったくどうでもいい話なのだが、そんなこと思っていたのは自分だけだろうか?
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