[コメント] ピアニスト(2001/仏=オーストリア)
映画を見終った人むけのレビューです。
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いかがわしいポルノショップに通い、自慰のかわりに性器を傷つけるなど、これらの行為は、母親がすべてを捧げた自分を自ら辱めているかのように見える。 ドライブシアターで、他人のセックスを覗き見ながら、思わず放尿してしまうエリカが、性器の痛みに声も上げられず、涙を流しているのがとても痛々しい。
そんな自分とは対照的に、明るく、自由に人生を謳歌している、才能豊かな青年のピアノに、自分にないものを見出し、心を動かされるエリカ。 イザベル・ユペールは、ほとんど表情を変えない中のちょっとした顔の角度の違いや、目の動き、指の動きで、見事に表現して見せる。
一方、感情がないかのように冷たく、知的なピアノ教師が、自分だけに優しく囁き、微笑みかける様を見たい、彼女が自分を受け入れ、その喜びに震える様はどんなに美しいだろうと、エリカがこれまで異性とまったくかかわりのなかったことなど思いもよらず自信たっぷりで、無邪気な好奇心丸出しで口説く、美しく快活な青年ワルター。実はこの能天気さが、悲しい結末の伏線となっていたのだと今になって思う。自意識過剰な、普通の好青年を好演したブノワ・マジメルにも拍手。
エリカ以上にデリケートな女生徒アンナと彼女にすべてを捧げるその母親に、自分と自分の母親の姿を見るようで、複雑な感情を持っていたエリカは、リハーサルで、緊張するアンナを優しく励ますワルターを見ておそらく初めて嫉妬した。 やはり、アンナを傷つける行動に出てしまう。
エリカの気持ちに気付いたワルターは、映画のような劇的なラブシーンを想像しながら、エリカをトイレにまで追いかけ、ドアを開けるなり、いただきだ!とばかりに、いきなりキスしてみせるが、エリカは少しも感じていない。 エリカをほしい一心で、おとなしく彼女の言うとおりにするワルターは、お預けをくらっても、希望をもって元気に立ち去る。「愛してる」と言われたエリカの心も、どんどん動き出していた。2人の恋は少し方向がずれた形で、走り出していた。
髪型を変えたり、メバリをほどこしたり、口紅もつけたり、レッスン時にもカラフルな洋服を身につけたりと、表情の乏しさを補おうといじらしいエリカ。ところが、手紙にしたためられたSM小説のような行為を望むエリカに、ワルターは幻滅して去ってしまう。
動揺するエリカは、ホッケーの練習場に彼を訪ね、愛してほしいと懇願するが、ワルターにとってはもはや愛情の対象ではなくなっているのだった。またしても、射精に失敗したワルターはキレて、「くさい、ちゃんと口をすすげよ」とまで、言い放つ。よろよろと立ち去るエリカは、失恋の痛みを感じていたのかもしれない。
その夜、報復にきたワルターに暴行され、エリカは、初めて顔をぐしゃぐしゃにして、涙を流す。男は非情なやり方で思いを遂げ、エリカの中でも何かが変わった。
いつもの無表情に戻り、バッグにナイフをしのばせたエリカが待つコンサート会場に現れたワルターは、何事もなかったかのようにエリカに微笑み声をかけた。 エリカの顔のあざに気が付かないはずはないのに。ここで、湿っぽくエリカに手を差し伸べていたりしたら、ワルターは刺されていたのかもしれない。
自分の胸にナイフをつきたて、一切に別れを告げようとしたのだと思う。 ピアノ教師、母親、ピアノを愛する感情さえ殺して生きてきた自分、初恋の、つまらない男、ワルター。 今日から新しいあなたの人生が始まるよ。エリカ。
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