[コメント] マトリックス リローデッド(2003/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
始めに:元々こういう数字とカタカナのコードの羅列により構成されたのがマトリックスである。
人間の現実世界ただ一つの都、ザイオン。そこさえもマトリックスのアノマリー(例外)を排除するために存在していたものであった。それがザイオンのある理由だ。マトリックスというシステムの中のプログラムには何らかの存在する理由があった。
例えば預言者(オラクル)。彼女はマトリックス内のプログラムであるにも関わらずネオに助言を与える。それは、救世主であるネオをソースへと導くためであった。そしてソースへと行くための鍵を開けることが出来るのはキーメーカーというプログラム、たった一つのプログラムだけである。これらはマトリックスの存在を継続させるために、新たなザイオンの誕生のために作られコントロールされた。
思えばマトリックスというシステム自体が、人間を栽培するために作られた仮想現実である。しかし、アーキテクトはもし人間がこの世から絶滅したとしても機械は動き続けることが出来ると言っていた。じゃあ、人間の存在する理由は何なのだろうか?
また、エージェントではなくなり、アノマリーの一つとなったスミスにも、目的があった。しかし彼の場合、マトリックスに支配されたプログラムではないため、ネオへの復讐という極めて人間的であり個人的な目的を持っている。これは、過去にもあった出来事なのだろうか?これもまた、システムの予想範囲内のアノマリーなのだろうか?
様々な疑問を残し『リローデッド』は終わった。とりあえず俺は一本の長い映画の前半を観て「ここまでの出来は★5だな」的な感覚(って言って分かるかなあ・・・)で採点をした。謎が全て明らかになるであろう『レボリューションズ』で例えネオが「かめはめ波」を使おうと、現在フリー・エージェントととなっているスミス(謎)が今度は1000人になっていようとも、俺は『リローデッド』単体の評価は変えないつもりである。しかし、オチそのものに異議があり、『マトリックス』の全てへの見方が変わるようなストーリーが展開された場合には遠慮なく『マトリックス・トリロジー』全ての点数を減点したいと思う。
俺は監督の自己満足としか思えないオタク映画のためにくどくど上記のようなことを語ってきたが、もはやこの映画が作られた理由は監督自身の願望に他ならないと思う。「サングラスかけてカッコつけて警官隊をハデにぶっ飛ばしてえ」「こういう映像観てみてえ」そんな妄想や願望、幻想に今まで監督が影響を受けてきた数々の要素が重なり合い、この映画は誕生した。
『リローデッド』は当然、不満な部分も多く、前作を初めて観たときのストーリーと映像への衝撃と感動を超えることはなかった。
ネオは心を解き放って覚醒したことでスーパーマン同様となり、もはややられることがないという安心感が生まれた。だからといって、いくら何でも空を飛びすぎだ。
ネオのお陰で自由の身となり、フリーエージェント(?)になったスミスは額が気になる。
モーフィアスは前作同様、前歯の隙間がたまに気になる、つーか太りすぎ。前作の大ヒットのお陰で美味しい物でも食べたのだろうか。
バイクに乗っているときのキーメーカーは頭頂部がちょっと気になる。
ツインズは何しに出てきたのかよく分からない。もう少し出番増やせ。
モニカ・ベルッチは、おっぱい以外意味がない。しかもトリニティーの方が綺麗に見えた。
現実世界にてスミスがコピーされたあのひげ面男(ベイン)、もしアイツが増殖したら気持ち悪いことこの上ない。
しかし、アクションの一つ一つを思い出してみると、人間業ではなしえることのないアクションであり、リアリティのないものであるとしても、俺にしてみれば「こんな動きをしてみたい」「こんなのを見たかったんだ」と願う映像がこれでもか、これでもか!と言うほどに押し寄せてくるのだ。
『マトリックス』の見せ場は主にガンアクションであったが、『マトリックス・リローデッド』はカーチェイスに加えて更にスゴイカンフーをしてみたかったのだろう。
物凄いスピードでハイウェイを逆走するトリニティーとキーメーカー、棒を軸に回転したり、棒を振り回したりしながら爽快にスミスを蹴散らすネオ。日本刀で車を切るモーフィアス。前作より思いっきり至近距離なのに銃弾かわしちゃってるエージェント。「ミスター・アンダーソーン」と言いながら登場し「more」と増え続け闘い続けるスミス。殆どの登場人物が顔色一つ変えずにすべてをやってのける。大事をやってのけても全てを見透かしたような表情で片づける。普通の人間らしい行動をしていたのはキーメーカーとスミス(?)くらいなものだ。
でも、ここはマトリックスである。侵入者たちは自らのイメージをもとに心を解き放ち、行動を起こす。心を解き放たせているのは揺るぎない信頼と断固たる決意だった。例え運動神経の良い悪いに関わらずとも、マトリックスのシステムの予想範囲内であれば人間業を超えたことをすることができるのだ。
例え現実ではヘタレであろうとも、仮想現実の中では関係ない。現にネオだってそうだった。俺としてはそこもツボの一つである。(まあ、別に俺自身はさほどヘタレだとは思ってないが)
だからこそ彼らは己と仲間を信じ、決して動じることはなかった。絶望の大きくなった次作、果たしてどうなるのだろうか・・・。
船の中はハイテクだというのに、ザイオンの中でも宴はなぜあそこまで原始的なんだろう。どっかの民族のお祭りみたいだぞおい。
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