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[コメント] ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(2001/米)

あなたがBB弾を撃ち込んだ左手がイタイ。
グラント・リー・バッファロー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







まあ世の中普通に生きていけば、世間と自分との距離を擦り合わせる術をそれなりに身につけていくわけで、学校とか職場の最初の時期はそうした社会化の過程こそが知識よりも時に大事とされる。

そうした社会化が産み出した歪みとも言うべきか、そこからはみだした、もしくは、はみださざるをえなかった人たちの話が文学や物語の対象となるのは当然といえば当然なわけで、そういう意味で本作はとりわけ何かが珍しいというわけではない。

本作の底に流れているものは、かつて「天才」と呼ばれていた人達の悲しみである。卑近な例で言えば、『マグノリア』でかつては子供クイズ王であった男を演じたウィリアム・H・メイシーが醸し出す哀愁が挙げられるが、何かが突出していたがゆえに、その部分を伸ばすことだけを強制され、同じ年頃の子が他に学んでいたはずのことをまったく教えられる機会がなく、そのまま大人になってしまった人達の悲しみ。

おそらく本当の天才というのはどこかに存在していて、彼らは彼らで自分の道を歩んでいくことができるのだろう。しかし、ただ周りから「天才」と呼ばれていただけで、本当は凡庸な愛情を求めていただけのこの三兄弟(とその隣人)は、自分と世間の距離をうまく合わせていくことができず、ただただ目の前の状況に戸惑うばかりだ。

<おいおい、てめえらいい年こいて、いつまでガキの頃のことひっぱりだして、めそめそしてんだよ。誰かが、おおよしよし、とか言ってなぐさめてくれるとでも思ってんのか?笑っちまうぜ、お前らは揃いも揃って、みーんなおバカちゃんだよ。お、なんだ、手首でも切ったら、誰かがお前に振り向いてくれるとでも思ってんのか?切っちゃえ切っちゃえ、胸でも頚動脈でもいくらでも切っちゃえよ、痛い痛いとか言いながら泣き叫んでも、誰も助けちゃくれねえよ。独り善がりなお前らを見ていると、なんだか本当に吐き気がしてくるよ、いっそいなくなったほうがせいせいするわ、いい加減空気ぐらい読めっての。ああイタイイタイ。>

……申し訳ない。ありふれていて、それなのにちょっと変わったところを見せようとしてスノッブな小道具を配置した、こんなおもちゃ箱のような話が大好きだ。親父との齟齬がある程度埋まったからといって、三兄弟(とその隣人)がそれほど変わったとは思えない。彼らは彼らなりに生きていくしかないのだろう。あの小心者でせこくて、それでいて豪放磊落な親父が職を追われてしまうようなこんな世の中だからこそ、登場人物たちの凡庸さをたまらなく愛しく思う。「自分探し」だとか「ナルシズム」だとか、そういったものが十分すぎるほど相対化された今でも、本当の天才になれなかった人たちのエピソードは私には魅力的に映る。久し振りの5点。

(評価:★5)

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