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[コメント] HERO(2002/中国=香港)

極端な物量表現には心の疼きを感じるが単調すぎて慣れると飽きる。とはいっても”達人の境地”の映画的再現には惹かれる。
G31

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







白髪三千丈。中国四千年の映画。

 合戦シーン。画面を埋め尽くす人人人人人。同じく槍槍槍槍槍。旗旗旗旗旗。こんなに密集したらかえって動きにくいだろう、現実には有り得ない、と指摘するのも馬鹿馬鹿しい超過剰密度。私がこういうのを大好きなのは、見ると反射的に感動してしまうからだ。だが極めて単純な感情の動きなので、使い方には工夫が必要だ。無論チャン・イーモウ監督とて分かってやっているだろうが、個人的にはラスト(無名が討ち取られるシーン)でこれを持ってきた頃には飽きていた。その意味で、映像表現がもたらす心理効果を冷ややかに確かめる作品となってしまった。

 武闘シーン。一方で、この映像表現の豊かさには目を見張った。例えば私のチャン・ツィイーが必死の形相で挑みかかるのに、マギー・チャンたら彼女に背を向け、垂らした前髪のすき間からすべてを見透かした目つきでカメラを見つめる。思わずポッとなる(ツィーちゃんごめん)。剣を振るえば、その十倍の太さの棍棒を振り回しているかのように、大量の枯れ葉が宙に舞う。あるいは、ジェット・リーの振るう、雨滴の中心を切り裂いて突き進む剣。川上哲治はその全盛期、向かってくるボールの縫目が見えたというが、これは彼らの世界への映画的介入なのだ。はたまた、湖水の表面を蹴って跳躍する剣士たち。彼らは、万有引力を無にすることこそできないが、それを減ずることはできる。彼らと地球の間だけ、重力は十分の一となり、彼らとの接点のみ、水の表面張力は十倍になる。これらはみな、言ってみれば”達人の境地”の映画的記述である。

 凄いな、と思ったのは、これらを表現する技術的な安定度が極めて高いことだ。中国に武侠小説の伝統があることは聞いていたが、その映像的な積み重ねまであるとは思われない。チャン・イーモウが一人でここまで積み上げた(アン・リーの『グリーン・デスティニー』ってのもあったが)ことは、ほんとに凄いことだ。もう、当面こんな映画を作り続けててほしい。

80/100

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)けにろん[*] トシ[*]

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