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[コメント] ラヴソング(1996/香港)

素人向けのベタな映画のようでありながら実は深謀遠慮の行き届いた作品。マンハッタン島の大渋滞の中で、自転車を滑走させる着想はご本家アメリカ人は思いつくまい。動き行く中国の第2の黎明期に、動き行く青年達を活写した1996年ならではの爽やかな傑作。
ジェリー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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現実の息づきが見事に取り込まれている。プラザ合意が、ブラック・マンデーが、中国人の大量外国移住が、『慕情』に出演するために香港に来たウィリアム・ホールデンのエピソードが、そして、テレサ・テンの絶頂と死が。

取り分けテレサ・テンの歌謡曲の取り込み方のうまさに惚れ惚れする。凡庸な作品であれば、歌謡曲の通俗性に見合った通俗性を導きかねない危険な賭けにピーター・チャンは打って出た。そして成功し、運命的なまでにテレサ・テンの歌謡曲を途中でぶった切って見せた。あのシーンほど鮮やかな、音によるシチュエーションの切断と接続の瞬時の切り替えをそう見たことはない。そのあとに訪れる映画の精華ともいうべき、美しいキスシーン。それは、ヒッチコック映画のそれに匹敵する天上的な甘美さに満ちたものだ。

レオン・ライが初々しさを、マギー・チャンが逞しさを体現する。普通であれば男女の役割を入れ替えるところだが、そうしなかった点がとても中国的だ。私が知る中国人の友人たちにどこか響きあう共通性がある。

そしてマギー・チャンが全身でレイキュウを演じ切る! 眼差しの強さと美しさ。眼差しのあらわにする感情とは別に、今取るべき役割を取ろうとする手の動きや科白。その二重性を生きる表現の生々しい力。レオン・ライの茫洋とした受けに対する、ちょっとした手の動きによる鋭くユーモラスな突っ込み。彼女の知性的な冴え冴えとした演技の切れ味に魅了されない観客がいるだろうか。リリアン・ギッシュにまで遡りうる映画演技の正統を見た思い。

ラストを紋切り型という人もいるだろう。しかし、可能性が0%であっても、100年にわたり0%の可能性を見せ続けてきたのが映画である。これで良しと、私は思う。

(評価:★5)

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