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[コメント] ゆれる(2006/日)

兄と弟にとって、つり橋は「人生」そのものだった

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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観よう観ようと思って劇場で見そびれて、やっと今日DVDで。

うむ。これは本当に面白い。

ストーリーも演出も非の打ち所がない。完璧。まるで『華麗なる一族』のような、つまりはギリシャ悲劇のようなクラシカルな物語性、都市=勝ち組/地方=負け組の対立という骨太な社会派テーマのどちらも併せ持っている、どこか70年代の「日本映画」を思わせる。ATGフィルムのような自主製作精神、日活ロマンポルノっぽいウェットな「からみ」シーン、地下のジャズバーで曇る紫煙のような雰囲気・・・いわゆる「サブカルチャー」というものがまだカウンターカルチャーだった頃の空気(つまりアングラってやつ)を匂わせる。

そして、都市/地方という対立は、そのまま、自由奔放な弟/堅実で臆病な兄の対立という普遍性に昇華され、ストーリーはより深みを増していく。血縁と地縁に縛られた地方出身者にとって、これほどリアリティを持って突きつけられるテーマはないはずだ。映画の後半、つり橋を渡れない兄とそれを見守る弟の子供時代が8ミリフィルムで写し出される瞬間に思う。この瞬間に兄と弟の間に亀裂が走ったのだ、つり橋の「向こう側」とは都市つまり東京であり、つり橋の「こちら側」とは地方なのだ、つまり、兄弟にとって、つり橋は「人生」そのものだったのだ、と。兄は「ここ」に残り、弟は「向こう」へ歩み始める。この映画はすべてつり橋から始まっている。

サスペンスの要素を織り込み緻密に、丁寧に書き込まれた脚本、オダギリジョーや香川照之は言うまでもなく伊武雅刀・田口トモロヲ・蟹江敬三という「演技派俳優陣」と木村祐一(キムキムにぃやん料理うまいし!!)・ピエール瀧(電気グルーヴだし!!!)という「外部」のくせ者で固められたバイプレイヤーたち(ここら辺が師匠である是枝裕和っぽい)などなど、ディテイルにまで作りこまれた映画であることに間違いない。糞のように薄っぺらい日本映画が量産されている今、西川美和さんは本当に貴重な映画監督だと思う。

しかし。しかし、なら、尚更なぜ、「そこから先」を描かなかったのか?と思ってしまう。服役を終えた兄と弟が一体どのようにして「これから」を生きていくのか。最後に映画はその瞬間を唐突に切り捨てる。もし映画に「人生」という瞬間が本当にあるとするならば、その「これから」にしかない、と僕は思う。ボブ・ディランの”ノッキング・オン・ザ・ヘヴンズ・ドア”を思わせる、カリフラワーズの”うちに帰ろう”が、ラストでどこか空しくこだましているのも、「そこから先」がこの映画に欠けているからではないだろうか。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)ishou[*] おーい粗茶[*] Orpheus

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