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[コメント] チャップリンの殺人狂時代(1947/米)

50年以上過ぎた今、この映画を見てみなさい。放浪者で貧しい貧しいチャップリンが、ここでは紳士になってます。なぜでしょう?
chokobo

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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1938年に『モダン・タイムス』を発表、そして戦下の1940年に『独裁者』、この作品が7年後の1947年に作られています。

チャップリンは芸人から芸術家へ一生涯をかけて大きく進化した人ですね。この作品も芸術であり思想家としてのチャップリンを伺うことができます。

100万人を殺せば英雄となる、このセリフは残酷なセリフですよね。病弱の妻のために、たくさんの女性を殺害する。殺人とは裏腹に足の不自由な妻を大切にする。妻に対して嘘をついているわけですからね。そして警察から逃げまくる。

チャップリンの全ての作品に流れる「愛」という概念はこの映画で唯一といって良いほど薄れています。戦争批判をした『独裁者』でさえ、アンナという女性に対する愛、愛情を世界にアピールしました。

しかし、この作品は生やさしい「愛」ではありません。生きるための「愛」他人をけ落としてでも戦う「愛」ですね。オーソン・ウェルズの香りがプンプンしてきますね。

この年のアカデミー賞で脚本賞にノミネートされていますが、さすがに2年以上の歳月を費やした作品だけあって素晴らしい脚本になっていると思います。

見事なのは時代を感じさせないことです。これほど新しい映画があるでしょうか。チャップリンが普遍的である理由は、黒澤明がそうであるようにアンドレイ・タルコフスキーがそうであるように、いずれとも全く変わらない哲学が映像の全面に息づいているからなんですね。

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先日『クヒオ大佐』という邦画を見て、この映画のことを思い出しました。

こちらの映画は比較的優しい内容になっていましたが、チャップリンの映画は本質をえぐる大きな鋭さを感じますね。

スケールも時代も違います。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)シーチキン[*]

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