[コメント] 無能の人(1991/日)
最初にして最良のつげ義春映画化作品。
安心して見られることが、良い映画の条件では必ずしも無いが、脚本からキャスティング、画作りまで、本当に本当に丁寧に作られていて、文句のつけようがない。強いて難を挙げれば、守銭奴奥山和由がかき集めた各界からのカメオ主演者が余計だったことくらいで、そんなものは気にしなければ全然気にならない。
モノクロのプロローグから、もうグッと掴まれた。ハイコントラスト、シルエット強調で、紛う事無きつげワールド。安アパートの一室から多摩川の川原へ、その開放感。開始3分で、こりゃ傑作と確信した。
脚色の肝は、ベースとした「石を売る」「無能の人」に於いて、ヒステリックで冷え切った女として、顔すら描かれなかったつげ=助川助三の妻の存在を拡大したことと、それらの作品と通じていながらも少々雰囲気を異にする「鳥師」を劇中・・・漫画?として、効果的に取り込んだことにある。
妻役の風吹ジュンは暗すぎず、軽すぎず、かなり良く演じている。子役の三東康太郎君のキャラも抜群で、二人と竹中を合わせて、本当の一個の家族みたいだ。助演ではなんと云っても、石山石雲の妻を演じた山口美也子である。その佇まいは全て恐ろしいまでにつげ的だ。多摩川で使用済みのコンドームを掬い揚げて「あら、いやだ」。なんつーエロさですかこれは。映画監督の神代辰巳が鳥師を演じていたが、彼も又良い雰囲気を出していた。
画面は美しい。何より空と多摩川の、目が醒めるような青。それと対称を成す様々の秋の色。泰然たる石の色。枯れ褪せた家屋の色。
色ばかりでない。固定カメラの佇まい。足元の切り取り方の見事さ。松竹映画だからというわけではないが、小津的な宇宙を濃厚に感じさせる。
ストーリテリングについても申し分ない。一人の男とその家族、そして一組の夫婦の再生話として、原作から離れて観ても、山あり谷あり笑いあり、実に見事な構成だ。
この映画はまさしく、物語に登場する名石のような、厳しさと優しさ、渋さと芸術性を兼ね備えた’90年代日本映画最良の逸品である。映画ファン、つげファンとして見識をの疑われようとも、俺は、この映画を愛して愛し、愛しぬくのだ。
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