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[コメント] 父親たちの星条旗(2006/米)

これを劇場で観られたのは嬉しい。私が本当に観たかった戦争映画こそ、こういう冷静な作品です。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 有名な硫黄島の擂鉢山に星条旗を掲げる6名の兵士の写真のモデルの一人ジョン=ブラッドリーを父に持つジェイムズ=ブラッドリーのノンフィクション「硫黄島の星条旗」を基に、イーストウッドとスピルバーグが製作を、ポール=ハギスが脚本を担当して作り上げた作品。

 これだけの豪華スタッフ陣だったら、面白くないはずがない!最近良作を連発するイーストウッド監督と、特に大注目中のハギス(『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)、『クラッシュ』(2005)共に最高点)がどう話を作ってくれるか、期待にわくわくさせつつ。

 いや、これは面白い。私の予想とは全く違った形で楽しませてくれたし、極めて冷静に戦争が描かれているのも大変興味深い。

 本作は戦争映画としては大変面白い作り方をしている。通常戦争物は作り方のフォーマットがあって、最初に仲間達の出会い、何度かの戦いを経て仲間内での対立と和解、損失、そして最後に怒濤の見せ場を持って行く。と言った具合。正直な話、私もそれを期待して行ったのだが、しかし本作は敢えてその手法を取らなかった。

 本作の特徴は硫黄島での激戦、その後の英雄にされてしまった三人の生活、そして現代の三つの時代を起点に話を次々に切り替えて出来事を語り、戦争の真実というものを淡々と描いている。硫黄島での激戦も確かに描写され、震えるほどの出来に仕上がっているが(この描写は『プライベート・ライアン』(1998)のノルマンディ上陸シーンを超えてるよ)、それは前半で終了、後半は硫黄島での戦いも含め、極めて淡々とした描写で進んでいく。

 この“淡々とした”描写がたまらなく良い。戦争映画で淡々とした描写が続くのも大好き。マリック監督の『シン・レッド・ライン』(1998)なんか最高だしね。

 しかし、この“淡々と”というのは、何事も起きないと言う意味ではない。ここには大きな問題的が描かれているのだ。

 果たして、戦争とは何であるのか?大きな問いだが、それを本作では“英雄”という形でそれを問いかけてくる。

 これを言うと叱られるかも知れないが、戦争も又ビジネスの一つである。国家間の紛争は子供の喧嘩のようにプライドを賭けるものではない。自ずとそこには戦争によって得をする人間が存在し、そしてそれを大多数の人間に気づかせないようにするのが商売人である。

 戦争そのものによって儲ける人の数は限られるが(そう言うのが観たかったら是非『ロード・オブ・ウォー』(2005)をご覧になって欲しい)、戦争に勝つことによって儲ける人の方が遙かに多い。国家なんてものはその最たるものだろう。彼らは戦争に勝つために必要なことを総動員するが、その多くは国民の命によるもの。そしてそれを可能にさせるのがパフォーマンスである。

 “英雄”を作り出し、それを国民の前に晒してみせることで、戦争を続けさせる。それは国家にとって必要なことであり、その“英雄”が本物であるかどうかなどどうでも良いことなのだ。要するに国民が共感しうる、国民が見たがるものであればそれで良いのだ。“英雄”の存在も又経済活動の一環に過ぎないのだ。需要があるからこそ供給がある。

 ただ、一方ではその“英雄”にされてしまった方はどうなのか。ただ旗を立てただけ。それが偶然に写真に撮られてしまっただけで英雄にされてしまった三人。彼らは望んでそうなった訳でもなければ、自分が英雄に値するような存在でないこともよく知っている。それでこの経済活動のことが彼らにも叩き込まれるのだが、実際に死線を越え、PTSDにも耐えている彼らには、自分たちのしてきたことがビジネスだとは理解できない。それが彼らにとっては悲劇であり、そして本作を特徴づけている点である。ここでの三者三様の行動が面白い。ドクはこれが前戦で闘ってる戦友のためと思ってやっているが、戦いをもっと個人的なものとして捉えているアイラは自分の立場に耐えられなくなって壊れていくし、単に浮かれているレイニーは後にしっぺ返しを食うことになる。

 現代編にいたって、彼らはその事を理解している。理解しているからこそ、老齢になったドクは「本当の兵隊は戦争について語らない」と言っているのだ。それは“生の体験”はいくら説明しても分からない。と言うだけではなく、“国家のため”に自分がやってきたことは、突き詰めて考えると、経済活の一環でしかなかった事を知ってしまったからなのだろう。多少とも自分のしてきた戦争に意味があるとするならば、それは「共に闘った戦友の命のため」としか言いようがないのだ。

 低予算映画を除けば、これだけ冷静に戦争を経済活動として捉えている大作映画はこれまで無かった。そして戦争を経済活動と割り切って描いているからこそ、善悪の基準を作らないことに成功している。『クラッシュ』で人間の感情をあれだけ演出しておきながら、筋を冷徹に描ききったハギス脚本だけのことはある(そう言えばハギス脚本作品は本作含めて全部★5だよ。もの凄く相性が良いらしい)。

 こういう冷静な目で戦争を描く作品をこそ、これまでずっと観たかった。なんだかんだ言ってもこれは最高だ。

 勿論演出部分も良い。特に最初のスタジアムのシーンからぐいぐい引き込まれたし、あの硫黄島の激戦と言い、腕や顔を吹き飛ばされ、内臓丸出しで無惨に倒れる兵士の描写(モザイクものじゃないのか?)、後に、これまで苦しんできた父と子の心からの抱擁まで、一切飽きさせるところがない。

 こうなると、次の『硫黄島からの手紙』に多大な期待がかかるが、こちらは果たしてどうなんだろう?予告観る限りでは、極めてオーソドックスな作りに思えるけど、何せ日本側だからなあ。期待は高まるよ。

(評価:★5)

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