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[コメント] マイ・バック・ページ(2011/日)

1970年前後。僕はまだ20歳前。この当時は大学生であることは僕には十分大人であるように思っていた。その2,3年の違いは現代に比べ飛躍的に大きい。大きすぎる。そして僕にとってこの映画は遠い世代の二人の男の話である。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







現代と違い当時は政治が民衆とは完全にかけ離れていた時代であった(例えば休日高速料金無料だの、子供手当だのそんな庶民的な施策はあるはずもない)。政治家たちは金権闘争にあけくれ、民衆は自分の生活維持に精一杯であったと思う。だから政治家は別名政治屋さんとも言われていた。

妻夫木聡は東大を出て、目標でもある一流新聞社に就職。揺るぎないサラリーマン生活を続けている。だから彼から見えた東大安田講堂は 今の申し分のない彼のスタンスからはふと見えた架空の甘えに過ぎない。彼は自分の場所を確保しながらも、当時新左翼を心情的に応援していた一部マスコミ、ノンポリたちに同調し、自分の(余裕の)気持ちをそこに投影させる。人生基盤はしっかり持ちながらも、やり残してきたような後ろ髪引かれる思いを新左翼運動に思慕する。

だから冒頭の最前線労働者生活に身分を偽って潜入することに彼は何のためらいも感じない。ミスで商品をボツにした仲間がやくざにボコボコにされていても真実を言うことなく謝ることもなく、カネで解決しようとする。まさに自分が政治屋さんと何ら変わらない存在であることにすら気づいてはいない。

そんな彼がある一人の活動家と知り合うことから彼の鉄壁な揺るぎない人生ロードが迷い、崩れ始める。松山ケンイチは 似非(自称)革命家である。頭は空っぽなんだけどやたらディベートっぽい舌がねちっこい。たいていの論客は根負けする。要するに政治犯的な詐欺師である。であるからにして、例えばセクトを作ることだけが当面の目的で、作った後の構想も思想も何もないようないい加減な男でもあった。

そんな男にエリートはC・C・Rと『真夜中のカーボーイ』と宮沢賢治にすっぽり騙されてしまう。というか、心情的に自分と同化してしまう。いわば彼は文学的な人なのである。これをおぼっちゃんで済ませられないのがつらいところでもある。当時の若者は政治的な人でも文学的な一面をほとんど何かしら持っていたものである。その部分がなければ革命ごっこなんてやってられないのであります。だから、僕は敢えてこのエリートの人間的部分をおぼっちゃんという言葉で切り捨てることは出来ない。

それからの二人は何かの仮想を信じてしまい、それぞれ人の道を踏み外してしまう。(でも革命ごっこには人の道なんか存在しないんだけれどね、、)

現代人から見ると何てバカなと思われるかもしれないが、それはその後のあさま山荘事件や新左翼の運動の衰退を知っている現代から見ているから言える話であり、当時は革命ごっこも一応一つの人生の選択でもあったのだ。(ほとんど一握りの人たちだったけれど)松山ケンイチは主義のため人を殺害し、 妻夫木聡は血塗りの証拠物件を思わず焼却してしまう。そして二人には思わぬ現実が待っていた、、。

女の子と映画デートして『真夜中のカーボーイ』論が始まる。男が真剣に泣くのは素晴らしいという女の子。男はせせら笑う。(そんなのめめし過ぎる、と、、。)いいシーンだ。川本三郎氏の著作を何冊も読んだが、この男の涙はどこかで読んだことがある。女の子が言うからこの言葉はいいのだ、よね。

そしてラスト。たまたま小さなおでん屋に入ったら、そこで冒頭で助けてもらった最前線労働者に出会う。かれはホントに小さな家庭を持っている。急に妻夫木聡は嗚咽する。そう、上から見下ろして労働者を観察していたエリート。その相手はいまだ彼に疑念を持っていず、気持ちは昔のままだ。今はどうしてるんだ、と心配さえしてくれる。

堅牢なエリート街道は完全に崩壊してしまったが、彼は自分の弱い部分、いわゆる文学性を基調にして今や一流の映画評論作家となっている。おでんも食べず、ほろ苦いビールをがぶつきながら、彼は一つの青春が終わってしまったことを知る。

それは彼の一つの人生の核でもあっただろう、それほど重い体験であった。でも、目の前には市井の人たちがおでんを囲んでいる。そこに人生のすべてがある。彼はそう思う。映画は彼の心の遠吠えとともにフェードアウトする。そして僕も20歳ごろに戻る。『真夜中のカーボーイ』を見て人生を知り始めた時。

「切なかったよな、あの時のぼろぼろの青春。映画、本でどうにか自分を保っていたあの頃。二人の生き方、息、歩き方、色、すべて私の日常に投影していた。いままたこの歳になって映画を見始めている。」

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)worianne[*] ガリガリ博士 ぽんしゅう[*]

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