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[コメント] 幼な子われらに生まれ(2017/日)

最初、必要以上に鏡が映り込む画作りに違和感を抱いたのだが、途中で得心した。なるほど、これは二面性についての物語なのだ。
ナム太郎

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ここでは妊娠という、本来は夫婦や家族にとって喜ぶべき出来事がかえって不安と不穏を引き起こし、それを解体していく。また、そんなツギハギだらけの家族で奮闘する男が左遷され、そんな普通の幸せを理解できない男が出世する。そんな世の中の二面性に耐えながら、主人公は意地でもスーツで出勤し、愛妻弁当を頬張る。こういう何気ない描き込みがよい。

またその象徴としての斜行エレベーターも、本来は生活を便利にするためだけに生まれたものであるはずだ。しかし映画としてのその存在は、その斜行がまるで遮光であるかのように不穏さを増長するものとして描かれている。そういう意味では、幾多の作品でその存在自体に不穏なものを感じさせる役者として知られる浅野忠信が、不安と不穏に悩む男を演じるというのも面白い。

思えば田中麗奈の元夫役である宮藤官九郎の描かれ方もそうではないか。彼は年端もいかない赤子にすら手を挙げるどうしようもない男である。がしかし、金で買ったはずの娘との再会の際、彼はかつて娘が喜んだというガチャガチャ用の小銭をしこたまポケットにしのばせて現れるのだ。そういう意味では彼もまた、己の持つ二面性に苦しみ悩んだ男だったのであろうと思わせる。この辺の描かれ方もなかなか秀逸であった。

そういった二面性の際たるものとして、物語の上においては、主人公の実子・沙織(鎌田らい樹)が、継父の死に心からの悲しみの涙を流すシーン(そこに至るまでの雨もまたよい)が用意される。こことプロポーズ(場所は石の階段!)のシーンにはやはり涙を禁じえないものがあった。そういった一連のエピローグへの流れがあり、最後の我々は今一度「悲しみの果ては素晴らしい日々を送っていこうぜ」というエレカシの歌を耳にすることになる。しかも二度目は、浅野ではなく田中の歌声として。こういった締めも自分は好みだ。

ただ一点、それまで散々家庭をかき乱した娘・薫(南沙良)の突然の改心の理由が、今一つわからないところだけは難点かのように思えた。しかしここに関しては、あえてその理由は聞かず、ただその気持ちを聞け、それに寄り添えという三島有紀子の思いなのだと理解することとした。そのほうが、何か心地よい。

(評価:★4)

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