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[コメント] 縞模様のパジャマの少年(2008/英=米)

どういうことが起きたのか?という事実は知っている。 では、それはどういう状況だったのか?を考えさせられた映画。
狸の尻尾

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







事前情報が全くなかったせいか、終わり方はかなり新鮮に感じた。

救いのない、反論の許されないようなラスト。 こうなって当然だとも言えず。 かといって、彼が救われていれば…とも言い切れない。

主人公である彼を通してこの映画を見ていたのだから、 当然わたしたちは彼には生きていてほしい。 しかしながら、彼がぎりぎり間に合って救われたとしても。 その場にいた他の何十人、何百人というユダヤ人が救われるわけではない。 この映画には、決してハッピーエンドはやってこないのだ。

「シンドラーのリスト」のような奇跡は起こらない…。

このラスト以外にも印象に残る場面はいくつかあるが、 その中でも母親に関わるシーンが印象深い。

収容所の所長である夫が実際何をしているか…それを知ってしまうまで、 彼女は家庭を大事にする控え目な妻であり、ごく普通の女性だった。

ユダヤ人に対しても、国の政策ゆえに見て見ぬふりをしてはいるものの 息子の怪我を手当てした老人に対して、「ありがとう…」と呟くなど 感情的なわだかまりはあれど、積極的な嫌悪や差別の姿勢は見せていない。

自分とは少し違うが、立場的にも年代的にも1番近いと感じられる女性だ。

だが、そんな彼女がある日、夫の部下の失言で真実を知ることとなり、 夫に対する嫌悪と、その真実に対する拒否反応で徐々に精神を病んでいく。

自分の身は大事だし、守るべき子供たちもいる。 強制収容所の真実を知らなければ、弾圧されるユダヤ人の姿を見ながらも 自らが生きていくために、目を逸らし続けることもできただろう。

あのプロパガンダムービーを見たときのブルーノのように…。

だけど真実を知ってしまえば、どうか。 彼女が国や軍のような大きな存在に対して、一体何ができるわけでもない。 できるのは、ただ子供たちをこの環境から引き離すこと…。 子供をこんな環境で育ててはいけない。

だけどそれすらも、「家族すら掌握できないと思われたら、所長の地位はどうなる!」 と考える夫には聞き入れてもらえない…冷静な話し合いすらできない。

そうして彼女は精神を病み、現実から逃避しがちになる。

その一連の描写に、その時代に生きる自分を見た気がした。 いや、彼女にだけではない。 それは他の登場人物にも言える。

軍人という職や社会的な立場に囚われる者。 表面的な華々しさや周りの人間の影響でナチスに傾倒する者。 無知ゆえに真実を理解できない者。 頭から政策を信じ切っている者。 コンプレックスゆえに、過剰に残虐な行為に出る者。 自分の生活を守るため、他者の現実から目を逸らす人々…。

彼らはこの時代の人々の縮図だ。 またいずれも、そうあったかもしれない自分の姿だ。

今の時代ならきっぱりと間違っていたといえるし、そんなことはしないと言い切れる。 だけど、その時代に生きていれば? 環境や周囲の人間、接する相手によってはどうなっていただろう?

簡単に否と言えるのは、自分が安全な場所にいるからだ。

自分も彼らの中の誰かになっていたとしても、 おかしくはないんじゃなかろうか…。

そんな風に考えさせられる映画だった。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)jollyjoker[*] なかちょ[*] まきぽん

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