コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ブラインドネス(2008/カナダ=ブラジル=日)

悪い映画ではないとは思う。しかし、サスペンスとしても、メタファーとしても基準値に満ちていない。「見事なのは映像だけ」というのは、“見えない”ことが題材としては随分皮肉な結果だ。(2008.11.30.)
Keita

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







見えないことを描いて「見える」ことの素晴らしさ、つまりは生きることの素晴らしさを謳う。伊勢谷友介演じる男がラストシーンで視力を取り戻し、彼の視点で周りを映し出した際、他の人々が皆揃って笑顔を見せていた。暖かみを感じさせる、希望のあるメッセージもこもった、非常に良いラストシーンだった。

だが、それまでの流れで失点を重ねなければ、もっと心に響くラストシーンになりえたのに…。ラストシーンが単体として素晴らしいのであって、映画全体が素晴らしいと言えないのが勿体ないことこの上ないのである。

結局、この映画はサスペンスとしてのストーリー演出が甘かった。人間が突然視力を失う。しかもそれが伝染する。その様子を、やや飛ばし気味かつザラついた映像で表現した掴みはとても良かった。白を強調して見せられることで観客も“白の闇”を共有でき、『シティ・オブ・ゴッド』的な映像の質感によって混沌とした雰囲気も感じさせたからだ。その映像については、さすがフェルナンド・メイレレス

だが、視力を失ったものたちが収容所に監禁され、密室サスペンスの様相が強くなり始めると、ポイントポイントで間違っていたように感じる。

まず、唯一の“見える人”であるジュリアン・ムーアが、いとも簡単に夫に付き添って収容所に行けてしまうこと。いずれは失明するのか、という不安が最初はあったが、だんだんと絶対失明しない役だということがわかり始めると、物語を動かす都合の良い役に思えてしまった。なぜ彼女だけ見えるのか、ということをもっと観客に考えさせないといけない。見えることによる苦労を描く必要もあり、映画の中でもそういったシーンは見受けられるのだが、結局のところ、見えることのアドバンテージが勝っている見せ方になってしまった。そのアドバンテージが大きいと感じれば感じるほど、都合のいい役柄に成り下がってしまうのだ。これが、とにかく痛かった。

もうひとつ、ガエル・ガルシア・ベルナル演じる男が収容所を掌握するという過程。これがあまりに突然に進みすぎている。もちろん、こうした不満が爆発することは密室においては当然なのだが、なぜ彼が掌握することになるのか、という理由付けが欠けているので、唐突に話が動いたように思えてしまうのだ。一度、視力を失う前にわざわざ彼を登場させているのだから、もっと伏線を張っておかないと。

密室ものとして総合的に見ると、「苦しい」と感じさせるのはそのビジュアル的なものがあってこそで、精神的なものではないことが残念だ。登場人物は見ることができないのに、観客が見ているものでしか苦しさを感じられないのは何と皮肉なことだろう。その点、嫌気がさすほど人間の汚い部分を見せ付けるヴィンチェンゾ・ナタリの『CUBE』だったり、ラース・フォン・トリアーの『ドッグヴィル』などは精神面をえぐってこその密室ものとして優れていた。

クーデターを企てる人間がいることで、政治体制への言及も少なからずされているので、密室を世界の縮図的に見せようとしている風もあるのだが、そうと考えても中途半端。サスペンスの中でのメタファーという意味では、フランク・ダラボンの『ミスト』や、アルフォンソ・キュアロンの『トゥモロー・ワールド』などの方が全然上手に思える。

決して悪い映画ではないが、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの『バベル』を観たときと似たようなガッカリ感が残った。

(評価:★3)

投票

このコメントを気に入った人達 (3 人)Orpheus CRIMSON[*] 死ぬまでシネマ[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。