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[コメント] 赤ひげ(1965/日)

七人の侍』の次にこれを観て、黒澤明はやはり「怒れる男」だと思った。
movableinferno

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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率直に言って、この映画は長すぎるし、個々のエピソードのバランスも均整を欠いており、おとよと保本の件や飽食の殿様にふっかける件などはちょっと観ておれないほど甘い。しかし、やはりこの映画からも聞こえてくる黒澤明の憤りの声を、軽くあしらうことがわたしにはできない。それは「なんでみんな平等に仲良く楽しく暮らせないんだ!」という、笑っちゃうくらい単純なことだ。

この世の中、みんな平等に仲良く楽しくなんぞ暮らせないことは、今どき小学生でも知っているし、誰もそんなことを口にしたりはしない。そんなことを言えば笑われるし、そんなことを言っても無駄だと諦めているからだ。しかし、どんなに笑われようと捨てられぬ理想というものがある。返される答えがわかっていても叫ばずにはおれぬ疑問というものがある。どれほど青臭くとも馬鹿馬鹿しくとも、わたしはどうしても、それを嗤う気にはなれない。なぜならそれは、井戸にこだまするあの悲痛な呼び声と同じものだからだ。生死の境を彷徨う者をこの世に繋ぎ止めるために、地の底に向かって響く呼び声。そんなものは迷信に過ぎぬとわかっていても、振り絞らずにはいられぬ声だ。

その直前、心中で死に損なった長坊の母親に、こんなことを言わせている。「もうその子は死なせてやってください。どうしてわたしたちを放っておいてくれないんです。うちの人を見てください、あの人はもう死んだ気でいるんです。あの人があんなに安らかに眠っている姿はここ何年も見たことがない。」それに対する答えは、この映画の中にはない。この世の中に抱いている疑問が強ければ強いほど、簡単に答えられるものではない。そこで描かれているのは、それでもただ、井戸に向かって叫ばずにはいられぬ心だ。それは愚かなことかもしれないが、やはりそれを否定することは、わたしにはできない。

(04.06.16@シネ・ピピア)

(評価:★4)

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