コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 容疑者Xの献身(2008/日)

天才かどうか以前の問題として、本当に論理的思考を持つ人間なら、犯罪の隠蔽を企図するのではなく、自首を勧める筈。その時点で人としての常軌を逸した石神()に愛想を尽かす。人間ドラマとしての本作品は破綻しているが、ミステリーとして観たときにそのトリックは素晴らしいデキ。(08.10.02試写会レヴュー)
IN4MATION

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







原作は未読。自分の身を顧みず愛する人を守るという「女性の献身されたい願望」に応えた『タイタニック』的作品か。

だが、献身されたいのはいい男限定で「醜男から献身されてもキモい」という女のわがままをも描いている点が好感を持てる。

この作品のドラマを否定することはおそらく多くの代の女性を敵に回すことになるだろうが止むを得まい。

ただ、本当に論理的思考を持つ人間なら犯罪の隠蔽を企図するのではなく、自首を勧める筈。その時点で人間ドラマとしてこの作品は破綻している。

文系・法学部出身の僕には、法的見地から鑑みても「献身」的な行動と位置づけられている彼のそれは単なる「自己満足」としてしか捉えることができず、そこに本来成立する筈の人間ドラマの基盤は脆弱で、ラストの感動も大きく削がれた。

要は石神が罪を犯してしまう動機の部分にまるで説得力がないのである。

これでは堤は泣き損である。

同じ東野圭吾原作作品・『手紙』のラストに僕は号泣した。

罪を犯す動機とその後の呵責・反省という人間ドラマがしっかりと描かれていたからだ。玉山鉄二と比較しても、泣きの演技自体は堤もかなり良いだけにこの脚本は惜しい。

理系・電気工学科出身の著者による本作は「始めにトリックありきで動機や人間関係などは全く後付け」(著者は否定)と評するしかない。

単なる天才対天才を描きたかっただけだ。

石神はショッカーライダーと同じ扱いでしかない。

そうして作り上げられたキャラクター、論理的思考を持つとされる天才・石神も刑法や判例には疎いらしい(詳細は後述)。

柴咲演ずる内海は原作には登場しないらしい。劇中でも彼女は物語の進行上、全く必要とされておらず、存在自体が宙に浮いてしまっている。彼女のファンとしてはもの悲しいところかもはや切ない。単なるテレビドラマとの関連性を持たせるキャラクターと化していることが本当に残念でならない。

フジテレビは今春公開した『少林少女』と本作、続けて2作も柴咲の演技力を殺している。彼女はただのアイドルではない。

一方、テレビドラマでは初回のみの登場だった北村扮する草薙は、湯川・石神らと帝都大学の同級生であった、という設定が活かされ本来の役回りを演じている。彼のファンは必見だ。

−内容に関して−

まず最初に、天才かどうか以前の問題として石神の行動は常識的に理解に苦しむ。

花岡母子は富樫の暴力に必死に抵抗し、殺めてしまう。隣室の石神は物音に気付き、花岡の部屋を訪ね、殺害された富樫の遺体を目撃する。

一般的な常識を有する者であれば、動揺する花岡靖子を落ち着かせ、速やかに自首することを勧めるのが筋であろう。

なぜなら、室内には争った形跡が物証として数多く残され、花岡母子の身体にも一方的な暴力を受けていた痕が残っている筈。隣室でその一部始終を聞いていた石神の証言等も合わされば、花岡母子の行動は緊急回避・正当防衛と看做される公算は非常に高いからだ。刑事裁判において、仮に過剰防衛と判断されても情状酌量の余地は多いにあり、執行猶予がついて然るべきだろう。

石神は彼女の正当防衛を立証することに論理的思考を働かせてこそ献身的と言えるのだが、彼はこの事件を花岡靖子への思慕から、隠蔽することを画策する。

自分の存在意義に疑問を抱き、自室で自殺まで試みようとしていた石神。そんな折、彼の隣室に花岡が越してくる。彼女に淡い恋心を抱くようになった石神は生き続ける。

僕には、石神が、この事件(もっと言うなら花岡靖子そのもの)を「利用した」ように思える。花岡の身代りとして逮捕されることにより得られる自己満足に対して、正当な理由を見出した、としか観れないのである。

ただ、間違った方向に暴走した石神の論理的思考が導き出したトリックを、僕は最後まで看破できなかった。

石神をよく知る湯川が言う。「論理的思考の持ち主である天才の石神が殺人という選択肢を選ぶ筈がない。(だから石神が共犯だとしても隠蔽に関わっているだけである)」と。

月9のテレビドラマで湯川の絶対性を刷り込まれている観客は、おそらくこの言葉に翻弄される。

石神のトリックを看破した湯川はここでは「理解できない」と言う。

彼が理解できないもの、それは「愛のせいで石神が変わったこと」だ、と湯川=著者は言いたいのだろう。

が、既に石神の行動は、自首を勧めなかった時点で人として常軌を逸している。

「論理的思考ができなくなった理由」以前の問題だ。

自己犠牲と言えば聞こえのいい自己愛に支配されて、彼はその頭脳を「自らのために」犯罪に利用してしまったのだ。

どのようなトリックで死亡推定日時を1日ズラしたのかは天才・石神と著者に敬意を表してここでは完全ネタバレしない。

ただ、1つネタバレギリギリラインで言わせてもらえば、全く関係のない人間を巻き込んでおいて「献身」というタイトルを標榜するのはどうか? 

犯罪を増長しやしないか? どこが美談なものか! 何たる身勝手さ、何たる、もう何たるだ!

★4つをつけてはみたものの、考えれば考える程に面白くないのかもしれない、と思えてくる。

直木賞も地に堕ちたな。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)[*] Master[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。