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[コメント] 夜明けのすべて(2023/日)

本当にこの映画の作り手は、16ミリフィルムの風合い、触感に満足をしているのだろうか。私はどうしてもこの画質が好きになれない。もっとヌケの良い画面が好みだ。
ゑぎ

 例えば、昼間シーンでの白飛び気味の画面で、小雨が降っているようなノイズが見える、なんてところも含めて、これで良いと思っているのだろうか。

 開巻は舗装道路の上に雨が降るショット。駅前のロータリーか。雨の中、ベンチに女性の後ろ姿。倒れそう。上白石萌音のモノローグで状況を説明する。警官が2人来て、気をかけるが、バッグの中身を放り出す上白石。母親−りょうが警察署に引き取りに。母親のコートに2人入って(頭に被って)雨の中歩き始める。この冒頭から、こういう演出、画面作りは、やっぱりセンスあるなぁと感心してしまう。

 いきなり5年後に時間が飛んで、小さな教具製作会社に勤めている上白石が、同僚(後輩)の松村北斗にキレる場面(炭酸水のキャップを開ける音が気になると云い、水ばっか飲んでないで、仕事して!みたいなことを云う場面)。なだめる周囲の社員たち(久保田磨希足立智充ら)の暗黙の了解の感じ。今度は松村が職場で薬を探してパニックになる(先に薬を拾っていた上白石が渡す)場面。こゝも、社員たちの態度は暗黙の了解感があり、こういう対になる見せ方が上手いと思う。この後、社長−光石研に云われて松村を家まで送る上白石。お互いの症状を知る、という展開を導く。

 しかし、ツンツンした松村の軟化の描き方はイマイチと思った。もう少しグラデーションがあってもいいと。一方、上白石の一貫性の無さ、間欠さは、症状として分かるし、映画としては危なっかしさがスリルに機能する。2人が心を通わせる契機となる出来事として、上白石が自転車を洗い、松村のアパートへ持って行くシーケンスがある。こゝの散髪のシーンは、撮影現場では一大イベントではあったろうが、画面の中の2人のリアクションほどは面白くないと思った。こゝよりも、仕事納めの日に松村が上白石を事務所から表に連れ出し、汚れている社用車を洗車するようにもっていく場面がいい。車を洗う2人。落ち着く上白石。この後も彼女の洗車シーンが反復されるという展開が好きだ。

 本作の良さとして、悪い人が出てこない、というか、人の悪意が描かれない映画であり、さらに、主人公2人の恋愛も描かれない、という点を感じる観客は多いだろう。つまり多くの映画で事件を形成する2つの常套手段が封印されているにも関わらず、これだけの面白さを保っているという点だ。私なんかは、松村の元上司−渋川清彦は、きっと口先だけの酷い男に描かれるのだろう、と思ってしまったじゃないか。

 また、後半は移動式プラネタリウムというモチベーションがプロットを引っぱり、過去と現在を橋渡ししながら本作を星の映画として収束させる作劇の力も侮れないと思う。また上白石のナレーションが上手い。こゝでタイトルの「夜明け」に言及されるのも、すこぶる落ち着きが良く、本作が名作だという感慨をもたらす効果があるだろう。画面いっぱいに、投影された星空を映さない、というのはちょっと残念に思ったが、この選択も奥ゆかしく感じる。

 私としては、全編、ほとんど切り返しがない、というか、切り返しを意識させない(フルショット以上に引いて切り返したりする)、というスタイルにも少し寂しさを感じた。例えば、松村のアパートの玄関を挟んで、表と中を180度のカメラ位置転換なんかもするのだが、これ見よがしではないのだ。私が最も良いと感じたショットは、正月休みに上白石が実家に帰省する導入部、山の木々のショットに続いて、海辺と画面右に電車が走るショットが繋がれる。これが小津みたいな実にいいショットだった。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (3 人) けにろん[*] ペンクロフ[*]

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