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[コメント] 告白(2010/日)

一つの目的のために完璧に使いこなされた知性−知識、観察力、論理的な思考と推論、冷静な判断−のなんと美しく優雅なことか!しかもそれが底知れぬドス黒さと闇をその身にまとう時、神々しささえ感じさせる。
シーチキン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







はっきりいって「人喰いなんとか」なんぞ目じゃない。本作の松たか子に比べればただの変態のチンピラに過ぎない。

見ようによっては、オイタの過ぎたいたいけな子どもをいい大人がとことんなぶりつくす物語に見えなくもない。

だがしかし、「愛娘を殺されたその復讐をなんとしても果たす」という目的のために、自らの知性だけをたった一つの武器に闘いを起こす。その勇壮にして健気、禁欲的で不屈な姿勢は、それがドス黒いが故に、言いようのない破滅的な魅力を発揮し強力に惹きつける。

とりわけ、熱血教師と会った後のファミレスでかつての教え子・北原美月橋本愛と出会い、二人の生徒をいじめて殺すでもなく自殺においやるでもなかったクラスの生徒たちを「みんな優しいんですね」と言い放った松たか子は出色。

それまでの、「陰湿なイジメばかりでひどいクラスだ。見ておれんな」なあんて思っていた自分が如何にのん気であったか。そうだ、復讐者から見れば、そう仕向けた者から見れば「なんだ、彼らはまだ生きているのか」という生ぬるさしか感じないのだろう。

そして見る者はここで、クラス全員に送られたイジメをあおった二つのメール、生徒に口止めし送信者不明のメールを送ったものが誰であったかを推測させられる。

娘の死の真相を知った母親があらん限りの知力を尽くす。そしてその知性とは、けして映画に出てくるような、丸で歩く百科事典かと言った膨大な知識でもないし、伝説の凄腕ハッカーとか天才発明家といった特殊な技術に通じているではない。

一人の普通の中学校の化学の教師として、一般的、常識的な知識と観察力、思考と推論、普通の判断ができるに過ぎない。

中学1年生がHIVウィルスについて、正体不明な不気味さ、恐怖心を持っているであろう事くらいは知っている。彼らがどういう人間をいじめるか、経験的に知っている。その程度である。

頭のいい生徒が自分でWebサイトを作ってそこでいろいろ公開したりなんだりしていることを知っていても、その生徒がインターネットを通じて、事物を自主的に判断し推測しながら調べることができるまでは使いこなせないことを知っている。

有名な母親が今どこにいて、どんなことになっているか、その気になってネット検索をかけ、キーワードを設定しながらそれを続ければ、HIVウィルスのこととか、有名な研究者のことなどはある程度わかるのに、そういうところにまでは気がつかないことを知っている。

そんな子どもが相手なら、送信者不明のメールを一斉送信することなどわけもない。普通にもう一台、新たに携帯電話を購入して契約して新しいアドレスを取得すればいいだけだ。もちろん、警察がその気になって調べれば送信者ないしは送信した携帯端末の特定などは造作もないが、相手ははそんなことに気がつきもしない子どもなのだ。

一人の社会人として普通に携帯電話を新しく買って、そのことを誰にも話さなければ良いだけだ。そうしてその携帯からメールを送れば、送信者不明メールの出来上がり。

拍子抜けするくらい簡単な話だ。

「知性」と言うのもおこがましいことかもしれない。しかし自分が身に着けた知識と観察力、思考と推論の力と判断力、それらをたった一つの目的のために完全に使いこなす。自分にできることは何かを考え、そしてそれをどうやるかを考え、冷静に、無理なく着実に実行できるようにするにはどうするか。

そこまでできてこそ完璧な知性ではないだろうか。たとえその目的がどうであれ、この知性を使いこなく姿は、どんな悪役よりも魅力的だ。この意味で本作は、極上のピカレスクロマンと言えるかもしれない。

また、本作の物語をたんたんと写実的に描いていくと、とんでもなく真っ暗などよーんと沈んでしまうだけの映画になったかもしれない。

それがそうならなかったのは、間違いなく中島哲也監督の、独特の画風というか、画づくりのセンスの賜物ではないだろうか。メリハリをつけてカリカチュアを利かした映像があったればこそ、エンターテイメントとして仕上げることが可能になったのではないか。

少なくとも私は本作を見終わって、衝撃もあったがそれを上回る爽快感を楽しむことができた。

(評価:★5)

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