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[コメント] SHAME -シェイム-(2011/英)

何が「SHAME(恥)」か?性欲がそれだと装っている振りをして、その実、孤独であること、他者と関係を築けないことが人として恥なのだということが簡単に透けて見えるようにされている。性欲が主題ではあるが、艶笑譚的な話などではないのだ。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







地下鉄内で思わせぶりに視線を交し合った女性は、主人公を誘うように下車したかのように見えたが、他の乗客にぶつかりながら彼女を追った主人公の前から、その女性の姿は消えてしまう。後にこのシーンは、顔の側面に内出血が見える主人公が地下鉄車内で、この、不在の女性の面影を追うように視線を送るシーンへと繋がるわけだが、この内出血の理由というのがまた、バーで声をかけてきた女性に「君の彼氏はクンニをしてくれるか?」だの何だのと誘いをかけたせいで、当の彼氏が登場し、ボコボコにされるという目に遭っていた、というもの。

要はこの主人公は、女性をセックスの対象としてしか見られず、良い仲になりかけた同僚の黒人女性に対してのように、一個の人格として見た途端、勃たなくなってしまうのだ。結構モテるしセックスしまくりのような印象を一見すると与えるこの主人公、実は劇中では、娼婦や、行きずりの相手(しかも同性すら含まれているというところがまた、性欲を充たせるなら相手は問わないという切迫感を際立たせる)としかセックスしていないし、妹を彼の恋人と勘違いしたセックス・チャットの女は、「恋人」が誰かを独占するという観念が皆無な様子で、妹にも誘いをかけてきたりする。主人公が会社のトイレで独り隠れて自慰に耽ったり、社内で使用するパソコンでまで性的なものを鑑賞しているところからも、彼にとって性欲というものが、他者からの隔絶を意味していることを感じさせる。というか、普通ならば喜劇的なものともなり得るこれらに漂う陰鬱さが、主人公の孤独を痛感させるということなのだが。

その根源が、妹への近親相姦的な想いと、その抑圧であることを匂わせつつも、曖昧なままに終わらせている辺りは、嫌いなニュアンスではない。近親相姦的な感情を抱えていること自体が「SHAME(恥)」とも解釈できる。最初に妹が登場したシーンでは、観客は、主人公の恋人が勝手に上がり込んだのだと勘違いするのだが、これはわざと勘違いさせている――よりはっきりと言えば、主人公の願望をいったん観客の脳内に描かせてみたとも言えるのかもしれない。この妹は、兄と同じく性に奔放なようでいて、決定的に違うのが、主人公の上司と寝た後で、何度も彼に電話をかけるという形で、一人の人間に執着している点。兄の家に転がり込んで嬉々としている様子の彼女も、地下鉄のホームの先ギリギリに足を置いて兄に注意されるような危うさを秘めている。主人公が、地下鉄での人身事故に遭遇して、俄かに、ケンカして追い出そうとさえしていた妹の安否を心配するのも、そのせいだ。

主人公が妹と延々と会話をするのを後ろから寄り気味のショットで捉えた画や、妹が上司と寝る現場から逃走するように、夜の街へとジョギングに出るカット、妹の身を案じて家に向かう疾走シーン(確か、家から逃げたシーンとは逆方向に走っている)など、これはちょっと好きだなと思えるカットは幾つかある。長回しが効いているのだ。地下鉄の窓ガラスに書かれた落書きなどもいい味を出している。

反面、同僚の黒人女性とレストランで食事しているのを、これまた長回しで捉えたカットは、距離感が頂けない。あれよりもっと寄ってカットを割り、二人の心情を微細に捉えるか、或いは逆に、もっと離れたショットにして、二人以外の客もショット内に納め、覗き見感を増すとか。主人公の台詞にも、周りの客について、ずっと一緒に居る恋人は、話すことが無くなってしまっているから黙っている、というものがあるし、相手の女性がそれに答えて、「言葉なんて要らなくなっているのよ」と反論する台詞もあるのだから、最初からカット内に他の客も入っていれば、それまで風景に過ぎなかった彼らが、台詞の展開によって一気に人格化して見えるという効果を上げることも出来たはず。だが実際は、ショット内には殆どこの二人しか映っていないのに、被写体である二人からは距離を置いているというどっちつかずなショットになっている。このシーンで、注文内容について細かく聞いてくる従業員がたびたび会話を妨げる辺りの呼吸は効果的なのだが。

最後のカットでは、やはり地下鉄内で、主人公の視線に反応したらしき女性が彼に接近するのだが、彼女が掴み棒を握ったその左手薬指には、これ見よがしな宝石を備えた指輪が見える。観客の注意をそこに向けたかったのだろう。何しろ主人公は妹に対して、上司が結婚指輪をしているのを知った上で寝たのだろう、と批難していたし、その一方で、あの黒人の同僚女性に対しては、同じ相手と一生添い遂げるなんて無理なんだと告げていた。この二つの言動は互いに矛盾してもいるのだが、そうした彼の矛盾こそが主題でもあるのだろう。

そうしたことも含めて、図式を描いて事足れりとしている観が拭えない。些か観念的に思い描いた主題を、美麗な画で描いてちょっと都会的かつアートっぽく仕上げてみました、といった感じで終わっていて、主題そのものを深化させようという気概が感じられないのが退屈。挿入される“ゴルトベルク変奏曲”も、バッハがこの曲を、不眠に悩む伯爵のために作曲したという逸話から、主人公が欲望に苛まれて眠れぬ夜を過ごす姿と重ねる意図があったのだろうけど、レクター博士お好みのあのグールドの演奏(あの独得のテンポや、微かに聞こえてくる鼻唄でそれと推察できる)での挿入という点も含めて、「ちょっと気の利いたセンス」と思われたがっているようなスノッブ臭が鼻につく。もっと、作品独自の自律的な感覚的世界を創造しようという姿勢が見られたほうが好ましい。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)moot jollyjoker 3819695[*]

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