コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 金色夜叉(1937/日)

「人間やめて借金取りになりました」と告白して旧友にボコボコに殴られる寛一・夏川大二郎。格子戸を鉄格子に見立てたショットに震撼させられる。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







金色の夜叉というタイトルも見直せば物凄いものだ。こういう職業差別な表現に躊躇する処がないのが戦前の映画らしく、容赦がない。高利貸の父親に説教をする佐野周二にも驚かされる。その他佐分利信ら当時の松竹青年スタアたちは、夏川の惨めさを際立たせるためにだけ登場している。

高利貸に金を借りる銀行という物語もすごいが、現代の銀行だって一皮剥けばこの高利貸と変わりないとも云える。どのように法律に保護されているかが違うだけで、利ザヤで儲けるのは同じことだ。現代では銀行員は立派な職業であり、こういうことは云ってはいけないことになっている(トム・ヨークは「僕らの音楽が銀行員に好まれるのは嫌だな」と云ったことがあるが)。この作品にはオブラートで包まれて見えなくなった事柄を思い出させる毒がある。債権の放棄という本作の収束を銀行員が選ぶ訳がない。

清水節の奇妙なショットは序盤の有名な「ダイアモンド(とは云わないが)に目が眩んだか」の件に現れ、ロケ地に劇的な海岸べりなど選ばず平凡にしか見えない道路で済ませてしまう。20〜30年代に山ほど撮られたこの有名作品への批評があるのだと思う。その他のショットはステディなもので、1時間15分の短尺に長編を纏め、かつ余韻を与えることに成功している。

最後に残るのは、寛一・夏川はなんで高利貸に転身したのだろうという疑問だった。この作品の印象からは、お宮への復讐の偶然を待つというよりも、お宮を騙した金の世界に堕落することで自分と人間を罰しようとする行為だったと受け取られる。求道という昔の言葉が思い出される。金と恋の間を行き来するメロドラマは山ほどあるがこれほど極端な作品は稀で、ひとつの頂点と思われる。原作を読んでみたくなった。

近衛敏明は微妙な役処を好演。初夜に寛一の噂話をする川崎弘子の頼りなくとぼけた造形もよく、こういうのが悲劇を呼ぶキャラなのだと思わされる。いつもお上品な三宅邦子の毒婦振りは流石。かの上山草人はここでは高利貸しの親爺で、奇妙この上ない。ときに、借金返済の期限は1月17日だったのだろうか。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)ゑぎ[*] ぱーこ

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。