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[コメント] ウィンダミア夫人の扇(1925/米)

この洒脱な会話劇をサイレントで撮る真意をずっと測りかねていたのだが、クライマックスでこれが突然に氷解する。これは無言劇であらねばならなかったのだった。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







メイ・マカヴォイを救うために彼女の扇を忘れたのは私だと名乗り出るアイリーン・リッチ。これに男たちは三者三様の反応を心のなかで示さざるを得ない。メイの夫のバート・ライテルは(アイリーンはメイの母であるという)事情に通じていたのに、ここでは蚊帳の外に出されており、しかもそれを本人は知りようもなくただ観客だけが知る。浮気を誘ったロナルド・コールマンだけはアイリーンが偽るのを知り、身から出た錆だと自覚せざるを得ず、この悪役はここでお役御免となる。アイリーンへの求婚者であるエドワード・マーティンデルは振られたと突然に誤解せざるを得ず、アイリーンの自己犠牲を理解できない(ラストで彼はルビッチらしくとても洒脱に救われる)。

素晴らしいのは、これだけの複雑な心情の交錯が無言のなかで一瞬にして現前することだ。無言は多弁に勝る。これは映画テクのひとつの達成と云っていいと思う。詰まらない科白がひとつ入っただけでぶち壊しになっただろう。サイレントで通してきた本作は必然性を持ってこの場面を迎える。まあ勿論、今やトーキー映画でつくられても、ここだけは無言で演出すべきシーンだけど、それを定めたのは本作だろう。このクライマックス以降の充実感は素晴らしい。

ただ、今観ると序中盤の字幕少ない会話シーンは長すぎるように感じてしまう(名活弁付なら大歓迎だけど)。あの婆さんへの夫の浮気を疑うなど私の常識では考えられないが、それも社交界ということなんだろうか。何でメイは母が生きていると知ったら「死んでしまう」のか、その辺の事情が判らず仕舞なのもしっくりこないが、些細なことではある。競馬場での双眼鏡の視線の交錯や、アイリーンを追うエドワードの横移動のお遊び、メイとロナルドの垣根越しの愛憎劇など、ルビッチらしい見処も多くて愉しめる。セットは使い回しなのだろうが、人の身の丈の二倍はある無駄に高い扉が異様で印象に残る。天井の高さを視覚化したということなんだろうか。

(評価:★4)

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