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[コメント] 新・男はつらいよ(1970/日)

森川信三崎千恵子の代表作。群衆シーンの面白さ。栗原も寅も心に沁みる。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
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本作の森川はとりわけいい。いつもは寅が受け持つ茶の間講談を引き受けた『婦系図』が抜群。ハワイ旅行のドタバタもいいし、兄(寅の父)の法事を忘れていて久し振りに仏壇開けたら鼠やヘソクリが出てくるギャグもいい。いや、いつもいいのだが、露出の多い本作はその魅力がマックスに達している。三崎(まだタイトルで役名がついていない)もそうで、夫唱婦随を演じて絶妙、洋服姿がベタに面白い(愁嘆場でこの帽子かぶって出て行く寅がいい)。三崎が倍賞千恵子とふたり土手に並ぶ小津ショットが見れるのは本作だけだ。

倍賞の出番はとても少ないが、これはスケジュールの都合じゃないか。後年100万人動員が当たり前の本シリーズもこの頃は50万人前後。それでも大ヒット作だが、比較的軽視されていたのだろう(監督の変更もそうだし、本作は地方ロケもない)。そのための老夫婦の多用と想像されるがこれが吉と出た。その後、老夫婦の役回りは定例化していくが、シリーズにはこのような潜在力もあった。

本作は群衆の描写が派手なのもいい。シリーズ通じて本作が一番だ。前半のご町内衆と後半の工員衆、ご近所付き合いは下町の設定からして自然。山田脚本の指定なのか小林演出の功績か判らないし、森崎のようにモブシーンの構図の才がある訳じゃない(ボート遊びの件などもうひとつ撮れていない)が、活気があってどれも面白い。本作のベストショットは蓑被って寅屋から逃げようとする寅の前を遮るように画面に被さる栗原の開いた雨傘。小林演出は頑張っている。

捨てられた父の病床からの呼びかけを頑なに拒んだ末に、一度も会うことなく死に別れた栗原小巻は、上記の寅の父の法事のドタバタを見て笑ったあと涙を流す(父親が遊び人で寅も可哀そうな奴という前振りが笠智衆からあり、寅と栗原は似た境遇だと判る)。寅が道徳的な説教ばかりされている凡作がシリーズ中多いなか、この切り口はいいものだ。道徳的に褒められるものじゃないだろうが、不幸な親子関係で道徳に縛られている人を「仏ほっとけ」と慰めて沁みるものがある。寅屋の皆さんに癒されて、というのは歴代マドンナの常套句だが、本作のこの件の説得力は秀逸である。

振られて旅立つ寅の告白も、今回だけはさくらではなく老夫婦が聞く。狸寝入りのふたりに寅は語る。「また今度も、何ひとつ恩返しらしいことはしてやれなかったなあ」。はてな、何ひとつとは何だ。前半のハワイ旅行の他に何かあったっけ。で、観客はハタと気付くことになる。寅は後半も、老夫婦に恩返ししようとしていたのだ、結婚して堅気になることで(前田吟から前半にそう諭されてもいた)。

幼稚園でお遊戯しながら、寅はこんなことを考えていたのだ。ああ確かに栗原への懸想は無謀だが、万馬券連発より確率が低いとは云えない。下宿代を取るなという無茶も相手が婚約者候補ならよく判る。この収束に至って、分裂していたかに見えた前半と後半は恩返しという主題によりぴたり照合される。

寅の健気が心に沁みる。寅が振られそうになるといつも「俺知らないよお」とびくつく歴代おいちゃんは、少なくとも本作以降は、寅は自分たちの孝行のために女に玉砕しているのだ、ということを知っているのだ。だからいつも、自分のことのようにびくつくのだった。この狸寝入りの件はシリーズ屈指の名シーンだと思う。

(評価:★5)

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