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[コメント] レスラー(2008/米=仏)

男の背中映画
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ミッキー・ロークの主演作って、いつ以来よ? 『ハーレーダビッドソン&マルボロマン』辺りが最後の記憶だ。いやまあ『シン・シティ』とか最近あったけど。 ああ?『ナインハーフ2』?ええっ!『ナインハーフ2』!?なんだそれ?

劇中「80年代は素晴らしかった。90年代クソくらえ」的なことを言うが、ランディというレスラーの輝かしい時代が80年代であったことは、この映画の冒頭で語られる。 そして、ミッキー・ローク自身の輝かしい時代も80年代だったのだ。

その輝かしい時代の少し前、1976年『ロッキー』では、イタリアの種馬と呼ばれた男が栄光を勝ち取る物語だった。それはまだ、アメリカン・ドリームが信じられていた時代だった。 時代は変わったのだ。 本作は、(おそらく本名から推測するに)東欧系の男の生き様を通じて、時代を描いているとも言える。 子供が語る流行りのテレビゲームが端的に物語っているではないか。

トレラーハウスの我が家が、逆に孤独を増幅させる装置として働いているのが面白い。 二度ほど帰宅するシーンがあるが、最初、家賃滞納で家に帰れないのは、困窮する現状を描写すると同時に、装置として機能させるためだ。 やっと我が家に帰った男は、ベッドで初めてイビキをかくと共に、孤独を募らせる。 そこは安堵と不安が同居する場所なのだ。 それ故、彼はリングに向かうようにも見える。 段取りを打ち合わせている姿の楽しげなこと。 だから引退後も帰宅するのをためらい、孤独を避けるようにプロレスを観戦し、行きずりの女性と火遊びして(ミッキー・ローク健在!)、帰宅して安堵する。 そしてこの二度目の帰宅も、娘との決別という、孤独を増幅させる装置として機能する。

「リングの外の世界の方が痛いんだ。」

全然正確に覚えていないが、そんな台詞だったと思う。 リングの世界では執拗に“肉体的”な痛みを描写する。 だが彼は、社会での“精神的”な痛みの方が辛いと言う。 リングに戻ったのは逃げだったのだろうか? いや、自分の居場所、存在意義を再確認する挑戦だったと思いたい。 ハードボイルドだ。

余談

制作会社は「ニコラス・ケイジ主演なら金を出す」と言ったそうだが、監督・ダーレン・アロノフスキーは、制作費削減に応じてまでミッキー・ロークにこだわったそうだよ。 これもまたハードボイルド。

(09.06.29 TOHOシネマズ シャンテにて鑑賞)

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)ねこすけ ドド[*] ExproZombiCreator[*] かるめら 甘崎庵[*] 3819695[*]

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